働き始めて数日たって。
2016年3月11日 日常 何を書こう。
そうそう、家についてはようやく決まりました。当初よりホテル生活を延長したけどその甲斐あって。なんと中国にはあまりない「賃貸なのに家具なし」という物件。新築で借り手がつかず、大家が困っていた(そら家具いれなかったら普通の人は借りんわ、それが常識だからね)物件があって、ちょうどいくつか見た部屋の噴飯物のだささにうんざりしてた僕は「金出してくれればクリエイティブの僕が『無料で』家具を見繕ってあげるよ」と。ま、お互いのちょうど状況が一致したですな。
それからの僕はせっせとタオバオやら家具屋やらをめぐり、リストを作って提出し、ほぼ承認されました。色々小細工を使った家賃も成功し、結構スレスレなところを通って会社の承認はおりたのでした。やれやれ。
仕事のほうはどうでしょう。昨日大きなイベントがあり、わりとその準備とかにみんな忙しかったこともあり、まだまだちゃんとした仕事っぽいことはしてない感じ。客にも挨拶してないし…ま、これからですね。
日本語(か英語)を話せるスタッフは結構つかんだかなと思ってます。今日も一緒に晩御飯食べたりして、「やっと仲良くなれる人がきてよかった」みたいなことを言われたり。この辺は多分また書くけど、まあ一応(ほんと一応レベルだけど)両方の言葉がわかる僕は色々(良い意味でも悪い意味でも)他の駐在と違う立場におかれるだろうし、色々考えなければいけないなと思ったりします。
あ、今日昼ははじめてゲストがきました。はえー。ふたりでご飯を食べるのははじめてだった(というか会うのも二回目)ジャーナリストの人なんだけど、共通の友人が結構いて笑いました。
そうそう、家についてはようやく決まりました。当初よりホテル生活を延長したけどその甲斐あって。なんと中国にはあまりない「賃貸なのに家具なし」という物件。新築で借り手がつかず、大家が困っていた(そら家具いれなかったら普通の人は借りんわ、それが常識だからね)物件があって、ちょうどいくつか見た部屋の噴飯物のだささにうんざりしてた僕は「金出してくれればクリエイティブの僕が『無料で』家具を見繕ってあげるよ」と。ま、お互いのちょうど状況が一致したですな。
それからの僕はせっせとタオバオやら家具屋やらをめぐり、リストを作って提出し、ほぼ承認されました。色々小細工を使った家賃も成功し、結構スレスレなところを通って会社の承認はおりたのでした。やれやれ。
仕事のほうはどうでしょう。昨日大きなイベントがあり、わりとその準備とかにみんな忙しかったこともあり、まだまだちゃんとした仕事っぽいことはしてない感じ。客にも挨拶してないし…ま、これからですね。
日本語(か英語)を話せるスタッフは結構つかんだかなと思ってます。今日も一緒に晩御飯食べたりして、「やっと仲良くなれる人がきてよかった」みたいなことを言われたり。この辺は多分また書くけど、まあ一応(ほんと一応レベルだけど)両方の言葉がわかる僕は色々(良い意味でも悪い意味でも)他の駐在と違う立場におかれるだろうし、色々考えなければいけないなと思ったりします。
あ、今日昼ははじめてゲストがきました。はえー。ふたりでご飯を食べるのははじめてだった(というか会うのも二回目)ジャーナリストの人なんだけど、共通の友人が結構いて笑いました。
送別会を振り返って。
2016年3月7日 日常 なかなかの数ですよね。
■1月
12日 多分歌姫@香港料理
高校の同級生かつ、元親友。現在は歌手として売れない生活を…どうやって生活維持してるのか本気で謎(まあバイトとかなんだろうけど)。元親友って響きはちょっと悲しいね…。本気で連絡取りづらいので会えたのも奇跡っぽいけど、まあ会えました。お互いかわんなーという結論。
13日 集中治療室@鍋
中国人だけに人気で2時間以上並ぶという池袋の鍋屋に。「リハーサル」と称してちょっとはやい送別会のためにみんなで集まりました。まあいつものメンバーという感じだね。
14日 メディア系@NZ料理
結構年上の某オンライン編集さん。なんか年上なのにこっちが情報なげてばっかの気も…。でもメディアの内部事情を聞くのは結構楽しいですよ。この人とも知り合って結構長いなー。
15日 取引先@寿司
たっけえ寿司を代理店の定番手法でご馳走になる。この後この会社の人と死ぬほどもめることをこの時は知る由もなかったのであった…。という感じ。寿司はやっぱ値段がわからん(実際知らないけど)。取引先の偉い人も偶然上海行らしい…ちょっと離れてるけどね。もめなければ色々紹介してあげたのになあ(まあでもすっとぼけて上海行った時にでも連絡してみようと思ってる)。
16日昼 昔の会社の人@家の近く
最初の会社のITサポートをしていた人が家の近くにいて、なぜか会社を興して社長になっていることを知りあってみました。いや、だいぶ前からFBではちょこちょこコメントしてたんだけどね…。昔はヲタむき出しというか痛い感じだったんで起業したら変わったかと思いきや、別に変わってませんでした。でもお互いステージ変わったよねーという。ネットワークインフラ系を立ち上げて小規模で生きていけるって結構ラッキーというかニッチというか。夜も誰かと会ったような気はしつつ、思い出せない。
17〰27は中国。そんなに宴会とかはしてないです。お嬢とまたあってモダンな英国料理など頂いていました(そして食べた後は超ローカルな食堂でワンタンメンという斬新な取り合わせ)。
29日 部署送別会@焼肉屋
やっぱ下品なかんじになるんだよねー。まあいいけどさ。上司からさぼてんもらったけど、植物は海外に持ち出せないんですよ…。ていう。
30日 食べ○グ日本一の旅@岐阜
某ログでずっと一位を取っている店が岐阜の山奥に、予約は取れんわ最低4人だわということで某グルメ雑誌の編集長と飲んだくれ、あと飲んだくれの同僚の4人でパーティ組んで行ってきました。いやあ旅費を考えると高い。いやうまいんだが、高い。そして遠い。朝出発して名古屋行って一時間くらいローカル線乗ってそのあとタクシーでまた30分くらい?途中で寄り道とかしてるし。
料理はジビエで、説明しながら丁寧に焼いてくれるし異常にワインに詳しくなかなか質も高い(とか偉そうに言うほどしらんけどわし)。いいです。近くにあったらまたきたい。ちなみに夜は名古屋市内でなぜか台湾拉麺。
■ 2月
1日 元インターン仲間社長@シュラスコ
肉を死ぬほど食ったばかりにも関わらず流れでシュラスコ@青山へ。最初の会社、元インターン仲間、いまはよくわからない会社の社長(某検索エンジンの仕事とかをやってる)。面白いひと。やっぱりこの人は楽しいし勉強になる(いわゆる広告大好きっこで、僕は全然そういうのわからないので)。
2日 なんかあった気がするけどメモがない…
3日 中国から@渋谷和食
中国の某大手バレエ団の海外ツアー担当ディレクターをやっている音楽系の元同僚が彼氏と東京に遊びに来たのでご案内。彼氏は日本語しゃべれる、けど別の友達に会うというので来ず、二人で和食。すごく活躍している感じで、いいよね。俺英語下手だなーとまた思った。というか最近徐々に生活の中に英語比率が高まっている気がする。別にいいんだけど。
5日 肉xIT
広尾の奥の方にある肉屋にて、IOT関連の事業者の人たちと会合。僕は焼肉って調理の放棄のような気がして高くていきたくないと思う事が多いんだけど、上述のグルメ雑誌編集セレクトのここは違います。うまいです(それなりの値段はするけど)。あと駅からのアクセスクソ悪い。まあでもよい。
初めて来た人で某F500の大半企業が入れてるってシステム屋のエヴァンジェリスト(その分野では結構有名っぽい)に色々わあわあ言ったりしていました。
6日 変な生物たち@ワイン&イタリアン
書いてないけど最近紹介してもらった人で元は結構有名なブランドにいた服のデザイナーさんがいて、コートをオリジナルで作ってもらっていました。で、その仮縫いあわせのあとにそのデザイナーを紹介してくれた小動物(元引き込もり・現復活してカメラマン)と3人で。元々この小動物と僕はとても仲がいいんだけど、そこにこの人も加わった感じで最近三人で会ったりすることが多いような。しかしデザイナーさん二十代だったのわからんかった…こわいのう。
7日 某国営放送元アナ@CICADA
っていうとなんかキレッキレな感じだけど、まあそんな感じです。だいぶ先輩で、もう娘が中学とかそういう感じ。女性として入局された第二期とかで、帰国子女として国際局的な部署のかなり上までいって、でも旦那様の転勤かなにかで辞め、いま復帰を狙っているという。なんと18歳のときテヘランにいらっしゃって、イスラム革命で逃げた最後から二番目のフライトだったという、なかなかすごい経験もされています。
すごく気に言ってもらえたしそれはありがたいんだけど、こういう方のセカンドキャリアってどうなるんだろう。なんというかスペック高すぎて、ってのを絵に書いた感じ。
9日 Cクラス会
とある飲食社長が開催するCクラス会、それは1万人を超える顧客名簿の中で3人だけが名乗る事を許される、客にして客じゃない最下層。その2人がなぜか両方中国にいるということで、僕の送別会も兼ねて3人で飯を食いました。
そもそもは前の1万円ビールの時に何が食いたい?って聞かれたからその社長懇意のミシュラン2つだったか星の中華をふざけて頼んだらOKしてもらえて、ラッキーと思ってたら完全に忘れられており焼肉に…あんまり得意じゃないジャンルな上に、その上には前の週肉死ぬほど食ってるよ、という部分もあり料理はそうでもない印象でした。ただこれは払った金が違うと思うししょうがないんだけどね。
食べ終えたあと彼がもつ店のひとつに飲みに行き、社長は酔っぱらって「おれ眠い」と言い残してお会計せずに帰っていきました。そして黙って払うもうひとりのCクラス。ひでえな笑。
11日 そば@三宿
この辺ですでにかなりのぐったり具合でしたが、いい具合に力を抜ける相手。元々某大手PC屋というかOS屋にいて転職して今はソーシャル系ベンチャーにいる某人と。頭がいいしビジョンがあるので話を聞いているだけで楽しいのと、事業自体もスピードがはやいので、色々考えていることを聞きながら勝手にブレストしてるだけでも楽しいです。別に個人的な付き合いでしかないけど、話は結構仕事っぽい話が多いかなー。
12日 最初の会社のメンバー@イタリアン
店はどうしようもない感じですが、最初の会社のレアーな人たちも含めて12人くらい集まったのかな?普段はまだ産休中とかそういう人も来てくれたし、辞めて以来…もう6年とかぶりの人も。面白いよね。しかし仕事が炎上しまくり。
13日 俺主催送別会
もう体調不良わりと末期になっていたけど、自分主催送別会。いつものやつね。30〰40人くらいは来てくれたのかな。よくわかんないけど楽しかったです。
15日 キャラクタ会@きりたんぽ
予定上はこの日になってるけどやれたのかな?覚えてないです。13日の二次会で既に倒れていて、14はずっと寝ていたのは覚えている…。
いつもは4人で開催しているこの会は今回はひとり産休で欠けて、3人。負け犬仲間と思ってたひとりが結婚を発表…。まあ緩い会(返事がなさすぎてスケジュールぜんぜん決まらない)ですがゆるゆる続けられればいいですね。
16日昼 怪しい紳士
元クライアントにしてごはん仲間(という親しげな記述の割にはもう10歳くらい上)の某高級専門不動産屋さんが自分のボスであるまた怪しい人を紹介してくれるというのでランチ。いやあ怪しい。もうなんていうか突っ込みがおいつかないというか、人に紹介されて会ってるからおうおうっていうけど、これ普通に訊いたらこいつあたま大丈夫かって思うレベルですわ…。まあ、人生って色々波乱万丈なんでしょうね。
16日夜 師匠@何食べたっけ
中国語の最初の先生と。全然思い出せないけどとりあえず会いました。僕が一番気に行っている数人のうちのひとりで、まあしばらく会えないのは残念ですわー。あ、でも既婚者。あそうだそうだ謎の中華食べたわ。普通のやつ。たしか広東料理。
19日 集中治療室@本番中華
「辛くてしびれるものを食べる会」の最後を、最近オープンして非常に気に行っている白金の中華料理屋で。10人くらいかな?
最近加入したシンガポール人(学歴最強)がなぜか僕の事をえらく気に行ってる模様なんだよねー。まじめ―な子でいい感じではあるが、なぜ。大丈夫か目はくさってないか。中華はおいしかったです。
20日 くたばってた
21日 終日仕事
22日 中華系送別会@タイ料理屋
なんとも盛り上がりに欠けるというか「まあどうせ普通にちょいちょい帰ってくるんだし」という謎の主張により毎日LINEとかで会話してる相手が普通に集まってだべるだけという感じ。しかし会話の内容はハードで「中国での携帯電話はやはり盗聴されるから云々」とかまあ、しょうがないよね仕事の性質上。
23日昼 あやしい人とあってみたら意外と接点がある。。というか先輩だったりもしてもうなんていうかあやしいなあ、という感じ。これも書けない。
24日 お嬢様とドンチッチョ行ったら死ぬほど気にいってた
26日 前の会社の中国人営業とまたフレンチ。
前回と同じ場所や…。まあ彼女の家庭内不和とかキャリアパスとか?ちなみにこの人を引き抜こうとしているわたし…。
27日昼 高校の同級生のお宅に上がり込み
子供うまれたばっかりということで、色々買いこんで上がり込んでだべってました。
27日夜 新聞記者さまたち@雲南
定番の雲南料理を久しぶりの記者ペアと。先輩格の人と知り合って若い方ともなかよくなって、でもわりと別々に会ってたんだけど久しぶりに一緒に。で、若い方の知り合いのフランス帰り女子と4人でした。色々話をした。解散してからのテキーラバーでの先輩格の方との話も面白かった。
29日 再びお嬢と駒形どぜう
はじめて食べたよ。どうなんだろうなー、しょうゆでくったくたに煮てあるから別にどうという事もない気がする。しかし隣がバンダイの本社とはしりませんでした。で、ヒカリエでホットチョコレートなど飲んでぶらぶらしていたら偶然若干色々あった女子が通りかかったらしく、LINE通報。やべーこわいでも女づれとはばれなかった様子…
朝早くに上海から帰ってきたお嬢は眠いといって早めに帰り、僕はそのまま赤坂のなじみの店に行ってバーテンとだらだら話をして、帰りました。
そして翌1日は終日引越し、2日の朝出発してここについたのでした。
あー書きだしてみると抜けてるやつが色々ある(霞が関で高い肉食った話とかラスト恵比寿とか)でもいつだか思い出せないんだよな。とりあえず今思い出せるもので、というかんじ。
みなさまありがとうございます。これからも楽しそうにやっていきます(今日は初日なのに日本人スタッフみんなで払ってて相手されてないので隙間時間にこれを)。
■1月
12日 多分歌姫@香港料理
高校の同級生かつ、元親友。現在は歌手として売れない生活を…どうやって生活維持してるのか本気で謎(まあバイトとかなんだろうけど)。元親友って響きはちょっと悲しいね…。本気で連絡取りづらいので会えたのも奇跡っぽいけど、まあ会えました。お互いかわんなーという結論。
13日 集中治療室@鍋
中国人だけに人気で2時間以上並ぶという池袋の鍋屋に。「リハーサル」と称してちょっとはやい送別会のためにみんなで集まりました。まあいつものメンバーという感じだね。
14日 メディア系@NZ料理
結構年上の某オンライン編集さん。なんか年上なのにこっちが情報なげてばっかの気も…。でもメディアの内部事情を聞くのは結構楽しいですよ。この人とも知り合って結構長いなー。
15日 取引先@寿司
たっけえ寿司を代理店の定番手法でご馳走になる。この後この会社の人と死ぬほどもめることをこの時は知る由もなかったのであった…。という感じ。寿司はやっぱ値段がわからん(実際知らないけど)。取引先の偉い人も偶然上海行らしい…ちょっと離れてるけどね。もめなければ色々紹介してあげたのになあ(まあでもすっとぼけて上海行った時にでも連絡してみようと思ってる)。
16日昼 昔の会社の人@家の近く
最初の会社のITサポートをしていた人が家の近くにいて、なぜか会社を興して社長になっていることを知りあってみました。いや、だいぶ前からFBではちょこちょこコメントしてたんだけどね…。昔はヲタむき出しというか痛い感じだったんで起業したら変わったかと思いきや、別に変わってませんでした。でもお互いステージ変わったよねーという。ネットワークインフラ系を立ち上げて小規模で生きていけるって結構ラッキーというかニッチというか。夜も誰かと会ったような気はしつつ、思い出せない。
17〰27は中国。そんなに宴会とかはしてないです。お嬢とまたあってモダンな英国料理など頂いていました(そして食べた後は超ローカルな食堂でワンタンメンという斬新な取り合わせ)。
29日 部署送別会@焼肉屋
やっぱ下品なかんじになるんだよねー。まあいいけどさ。上司からさぼてんもらったけど、植物は海外に持ち出せないんですよ…。ていう。
30日 食べ○グ日本一の旅@岐阜
某ログでずっと一位を取っている店が岐阜の山奥に、予約は取れんわ最低4人だわということで某グルメ雑誌の編集長と飲んだくれ、あと飲んだくれの同僚の4人でパーティ組んで行ってきました。いやあ旅費を考えると高い。いやうまいんだが、高い。そして遠い。朝出発して名古屋行って一時間くらいローカル線乗ってそのあとタクシーでまた30分くらい?途中で寄り道とかしてるし。
料理はジビエで、説明しながら丁寧に焼いてくれるし異常にワインに詳しくなかなか質も高い(とか偉そうに言うほどしらんけどわし)。いいです。近くにあったらまたきたい。ちなみに夜は名古屋市内でなぜか台湾拉麺。
■ 2月
1日 元インターン仲間社長@シュラスコ
肉を死ぬほど食ったばかりにも関わらず流れでシュラスコ@青山へ。最初の会社、元インターン仲間、いまはよくわからない会社の社長(某検索エンジンの仕事とかをやってる)。面白いひと。やっぱりこの人は楽しいし勉強になる(いわゆる広告大好きっこで、僕は全然そういうのわからないので)。
2日 なんかあった気がするけどメモがない…
3日 中国から@渋谷和食
中国の某大手バレエ団の海外ツアー担当ディレクターをやっている音楽系の元同僚が彼氏と東京に遊びに来たのでご案内。彼氏は日本語しゃべれる、けど別の友達に会うというので来ず、二人で和食。すごく活躍している感じで、いいよね。俺英語下手だなーとまた思った。というか最近徐々に生活の中に英語比率が高まっている気がする。別にいいんだけど。
5日 肉xIT
広尾の奥の方にある肉屋にて、IOT関連の事業者の人たちと会合。僕は焼肉って調理の放棄のような気がして高くていきたくないと思う事が多いんだけど、上述のグルメ雑誌編集セレクトのここは違います。うまいです(それなりの値段はするけど)。あと駅からのアクセスクソ悪い。まあでもよい。
初めて来た人で某F500の大半企業が入れてるってシステム屋のエヴァンジェリスト(その分野では結構有名っぽい)に色々わあわあ言ったりしていました。
6日 変な生物たち@ワイン&イタリアン
書いてないけど最近紹介してもらった人で元は結構有名なブランドにいた服のデザイナーさんがいて、コートをオリジナルで作ってもらっていました。で、その仮縫いあわせのあとにそのデザイナーを紹介してくれた小動物(元引き込もり・現復活してカメラマン)と3人で。元々この小動物と僕はとても仲がいいんだけど、そこにこの人も加わった感じで最近三人で会ったりすることが多いような。しかしデザイナーさん二十代だったのわからんかった…こわいのう。
7日 某国営放送元アナ@CICADA
っていうとなんかキレッキレな感じだけど、まあそんな感じです。だいぶ先輩で、もう娘が中学とかそういう感じ。女性として入局された第二期とかで、帰国子女として国際局的な部署のかなり上までいって、でも旦那様の転勤かなにかで辞め、いま復帰を狙っているという。なんと18歳のときテヘランにいらっしゃって、イスラム革命で逃げた最後から二番目のフライトだったという、なかなかすごい経験もされています。
すごく気に言ってもらえたしそれはありがたいんだけど、こういう方のセカンドキャリアってどうなるんだろう。なんというかスペック高すぎて、ってのを絵に書いた感じ。
9日 Cクラス会
とある飲食社長が開催するCクラス会、それは1万人を超える顧客名簿の中で3人だけが名乗る事を許される、客にして客じゃない最下層。その2人がなぜか両方中国にいるということで、僕の送別会も兼ねて3人で飯を食いました。
そもそもは前の1万円ビールの時に何が食いたい?って聞かれたからその社長懇意のミシュラン2つだったか星の中華をふざけて頼んだらOKしてもらえて、ラッキーと思ってたら完全に忘れられており焼肉に…あんまり得意じゃないジャンルな上に、その上には前の週肉死ぬほど食ってるよ、という部分もあり料理はそうでもない印象でした。ただこれは払った金が違うと思うししょうがないんだけどね。
食べ終えたあと彼がもつ店のひとつに飲みに行き、社長は酔っぱらって「おれ眠い」と言い残してお会計せずに帰っていきました。そして黙って払うもうひとりのCクラス。ひでえな笑。
11日 そば@三宿
この辺ですでにかなりのぐったり具合でしたが、いい具合に力を抜ける相手。元々某大手PC屋というかOS屋にいて転職して今はソーシャル系ベンチャーにいる某人と。頭がいいしビジョンがあるので話を聞いているだけで楽しいのと、事業自体もスピードがはやいので、色々考えていることを聞きながら勝手にブレストしてるだけでも楽しいです。別に個人的な付き合いでしかないけど、話は結構仕事っぽい話が多いかなー。
12日 最初の会社のメンバー@イタリアン
店はどうしようもない感じですが、最初の会社のレアーな人たちも含めて12人くらい集まったのかな?普段はまだ産休中とかそういう人も来てくれたし、辞めて以来…もう6年とかぶりの人も。面白いよね。しかし仕事が炎上しまくり。
13日 俺主催送別会
もう体調不良わりと末期になっていたけど、自分主催送別会。いつものやつね。30〰40人くらいは来てくれたのかな。よくわかんないけど楽しかったです。
15日 キャラクタ会@きりたんぽ
予定上はこの日になってるけどやれたのかな?覚えてないです。13日の二次会で既に倒れていて、14はずっと寝ていたのは覚えている…。
いつもは4人で開催しているこの会は今回はひとり産休で欠けて、3人。負け犬仲間と思ってたひとりが結婚を発表…。まあ緩い会(返事がなさすぎてスケジュールぜんぜん決まらない)ですがゆるゆる続けられればいいですね。
16日昼 怪しい紳士
元クライアントにしてごはん仲間(という親しげな記述の割にはもう10歳くらい上)の某高級専門不動産屋さんが自分のボスであるまた怪しい人を紹介してくれるというのでランチ。いやあ怪しい。もうなんていうか突っ込みがおいつかないというか、人に紹介されて会ってるからおうおうっていうけど、これ普通に訊いたらこいつあたま大丈夫かって思うレベルですわ…。まあ、人生って色々波乱万丈なんでしょうね。
16日夜 師匠@何食べたっけ
中国語の最初の先生と。全然思い出せないけどとりあえず会いました。僕が一番気に行っている数人のうちのひとりで、まあしばらく会えないのは残念ですわー。あ、でも既婚者。あそうだそうだ謎の中華食べたわ。普通のやつ。たしか広東料理。
19日 集中治療室@本番中華
「辛くてしびれるものを食べる会」の最後を、最近オープンして非常に気に行っている白金の中華料理屋で。10人くらいかな?
最近加入したシンガポール人(学歴最強)がなぜか僕の事をえらく気に行ってる模様なんだよねー。まじめ―な子でいい感じではあるが、なぜ。大丈夫か目はくさってないか。中華はおいしかったです。
20日 くたばってた
21日 終日仕事
22日 中華系送別会@タイ料理屋
なんとも盛り上がりに欠けるというか「まあどうせ普通にちょいちょい帰ってくるんだし」という謎の主張により毎日LINEとかで会話してる相手が普通に集まってだべるだけという感じ。しかし会話の内容はハードで「中国での携帯電話はやはり盗聴されるから云々」とかまあ、しょうがないよね仕事の性質上。
23日昼 あやしい人とあってみたら意外と接点がある。。というか先輩だったりもしてもうなんていうかあやしいなあ、という感じ。これも書けない。
24日 お嬢様とドンチッチョ行ったら死ぬほど気にいってた
26日 前の会社の中国人営業とまたフレンチ。
前回と同じ場所や…。まあ彼女の家庭内不和とかキャリアパスとか?ちなみにこの人を引き抜こうとしているわたし…。
27日昼 高校の同級生のお宅に上がり込み
子供うまれたばっかりということで、色々買いこんで上がり込んでだべってました。
27日夜 新聞記者さまたち@雲南
定番の雲南料理を久しぶりの記者ペアと。先輩格の人と知り合って若い方ともなかよくなって、でもわりと別々に会ってたんだけど久しぶりに一緒に。で、若い方の知り合いのフランス帰り女子と4人でした。色々話をした。解散してからのテキーラバーでの先輩格の方との話も面白かった。
29日 再びお嬢と駒形どぜう
はじめて食べたよ。どうなんだろうなー、しょうゆでくったくたに煮てあるから別にどうという事もない気がする。しかし隣がバンダイの本社とはしりませんでした。で、ヒカリエでホットチョコレートなど飲んでぶらぶらしていたら偶然若干色々あった女子が通りかかったらしく、LINE通報。やべーこわいでも女づれとはばれなかった様子…
朝早くに上海から帰ってきたお嬢は眠いといって早めに帰り、僕はそのまま赤坂のなじみの店に行ってバーテンとだらだら話をして、帰りました。
そして翌1日は終日引越し、2日の朝出発してここについたのでした。
あー書きだしてみると抜けてるやつが色々ある(霞が関で高い肉食った話とかラスト恵比寿とか)でもいつだか思い出せないんだよな。とりあえず今思い出せるもので、というかんじ。
みなさまありがとうございます。これからも楽しそうにやっていきます(今日は初日なのに日本人スタッフみんなで払ってて相手されてないので隙間時間にこれを)。
ああ、結局最後の日々を残せなかった。でもあと数日は割と時間に余裕があるから多分明日にでも書けるはず…今日書こうと思ったら急に「日本語訳なおしてください」と同僚から…たいして長くはないんだけどだらだらチャットしながら作業してたら結構長くかかってしまい…というか時間よりあれだな、文章書く欲みたいなのが消失してしまった。いかん。
でも絶対書きます、「多分12月から連結した忘年会→新年会→送別会」コンボの話。
中国に移住してきました。といってもまだ部屋が決まってないので当面はホテル暮らしなんだけど…なんていうか、変な感じ。前暮らしていた街だからよくしっているんだけど、ここに数年住むのか…みたいな…いや、悪い意味ではなくて単に実感がわかないんですな。友達と全然会わずに、これから暮らしていけるんやろか。ていうか俺半年もここでどうやって暮らしてたんだろ…みたいな。いや、始まっちゃえばどうにでもなるんですけどね。知ってますけどね。
昨日到着したんですが、なんかこう宙ぶらりんな気分です。一応勤務中ということになっているんだけど別にやることもなく。いやもちろんそんなことは通常許されないんだけど、家の契約の問題でどうしてもはやく入る必要があって…ってその分として渡された期間はもう前回で使いきっちゃってるんだけどね。だけどうちの会社海外に人材を送る事があまりないからその辺がかっちり決まっておらず、断言してしまえばどうにでもなるのです。ありがたい事です。今日もやったのは家具を探しにイケアにいくとかそんなんだもん。
とりあえず引っ越しは大変でした…というか何か色々忘れたり入らなかったりという感じ。大丈夫かな。でも何をどこにいれたとかまったく把握できていないから、これは荷解きの時が大変だろうね。まあ楽しくやるけど。
そう、「楽しく」といえば、前からあった感覚だけど、本当に僕は楽しさのためだけに生きているんだな、と最近改めて実感したりしています。金のためじゃないとかそういうかっこいいことじゃなくて、楽しいから仕事をするし、楽しいから遊ぶ。逆にいうと、楽しくないと徹底的に何もしないし曲げない。その生き方でまかり通るためには「こいつうざいけど使える」と思わせる必要がある。能力があればそれで生きられるけど、足りなければ潰される。だから差別化のために勉強する。
まあこういうのは選択できるものではないから僕はこういう生き方をしています、ってだけの話だけど、僕は恐らくこれを譲らないんだろうなーと思ったりしているのです。いや、周囲的にうざいのはわかってますって。特に会社に身を捧げて、それを誇りに思うと共になんとなく損した気分になっている人にとっては異常にいらつく存在なんですよね僕。知ってます。「おいしいところだけとりやがってこのクソガキ」みたいな眼でよく見られる。なんとかうまくやりたいなと思ってんだけどね。
あと数日は、なるべく友人にも会わずに静かに暮らそうと思います。日本での延長戦(そう、書いてないけど当初予定をオーバーしたのよ)中にさらにかなりの大炎上を経験したのもあって結構疲れている感じなので(別に徹夜とかはしてないんだけどね)、働き始める前はちょっと自分にバケーションをあげようと思…いや、それを働いている日にやるなよ、という話はあるんだけれども。
実は月末に、ビザの都合で早速日本に帰るんだけど、この時は日本国内をふらつこうと思ってます。桜の季節…ってことは桜+温泉という死ぬほどあれなあれも可能なのかしら。
でも絶対書きます、「多分12月から連結した忘年会→新年会→送別会」コンボの話。
中国に移住してきました。といってもまだ部屋が決まってないので当面はホテル暮らしなんだけど…なんていうか、変な感じ。前暮らしていた街だからよくしっているんだけど、ここに数年住むのか…みたいな…いや、悪い意味ではなくて単に実感がわかないんですな。友達と全然会わずに、これから暮らしていけるんやろか。ていうか俺半年もここでどうやって暮らしてたんだろ…みたいな。いや、始まっちゃえばどうにでもなるんですけどね。知ってますけどね。
昨日到着したんですが、なんかこう宙ぶらりんな気分です。一応勤務中ということになっているんだけど別にやることもなく。いやもちろんそんなことは通常許されないんだけど、家の契約の問題でどうしてもはやく入る必要があって…ってその分として渡された期間はもう前回で使いきっちゃってるんだけどね。だけどうちの会社海外に人材を送る事があまりないからその辺がかっちり決まっておらず、断言してしまえばどうにでもなるのです。ありがたい事です。今日もやったのは家具を探しにイケアにいくとかそんなんだもん。
とりあえず引っ越しは大変でした…というか何か色々忘れたり入らなかったりという感じ。大丈夫かな。でも何をどこにいれたとかまったく把握できていないから、これは荷解きの時が大変だろうね。まあ楽しくやるけど。
そう、「楽しく」といえば、前からあった感覚だけど、本当に僕は楽しさのためだけに生きているんだな、と最近改めて実感したりしています。金のためじゃないとかそういうかっこいいことじゃなくて、楽しいから仕事をするし、楽しいから遊ぶ。逆にいうと、楽しくないと徹底的に何もしないし曲げない。その生き方でまかり通るためには「こいつうざいけど使える」と思わせる必要がある。能力があればそれで生きられるけど、足りなければ潰される。だから差別化のために勉強する。
まあこういうのは選択できるものではないから僕はこういう生き方をしています、ってだけの話だけど、僕は恐らくこれを譲らないんだろうなーと思ったりしているのです。いや、周囲的にうざいのはわかってますって。特に会社に身を捧げて、それを誇りに思うと共になんとなく損した気分になっている人にとっては異常にいらつく存在なんですよね僕。知ってます。「おいしいところだけとりやがってこのクソガキ」みたいな眼でよく見られる。なんとかうまくやりたいなと思ってんだけどね。
あと数日は、なるべく友人にも会わずに静かに暮らそうと思います。日本での延長戦(そう、書いてないけど当初予定をオーバーしたのよ)中にさらにかなりの大炎上を経験したのもあって結構疲れている感じなので(別に徹夜とかはしてないんだけどね)、働き始める前はちょっと自分にバケーションをあげようと思…いや、それを働いている日にやるなよ、という話はあるんだけれども。
実は月末に、ビザの都合で早速日本に帰るんだけど、この時は日本国内をふらつこうと思ってます。桜の季節…ってことは桜+温泉という死ぬほどあれなあれも可能なのかしら。
Play it by the ear
2016年1月27日 非日常 これ、最近覚えた言葉の中で一番好きかもしれない。恐らくアメリカ英語のスラングで「即興で」「臨機応変に」みたいな意味。音楽から来ていて、ジャズとかで相手の音を聴いてその場で音を発するとかそういうところから来てるらしい(この由来も、この言葉が好きな理由)。
中国で仕事なり何かをする時にはPlay by the earでやることがとても多い。ルールを事前に決めてそれにまかせて半自動運転するのが日本人のアプローチだから、まあ正反対といえるかもしれない。とりあえずやってみて、ダメならその場で変更して、何が何でも帳尻をあわせる。まあ次々に変わる局面に対応するにはルールではだめで、考え方の部分を磨き込んであとの対応はその場で、というのは一定の合理性がある。
そう、また出張で中国にいます。いまはもう帰り道だけどね。家探しと周辺環境調査+ちょっと中国国内出張で現場立ち合いくらいで10日、住んだことがある自分としては特に前半は休暇くらいの気持ちだったんだけど…いやあ、久しぶりに辛いっていうか忙しい出張でした。わかりやすく言うと、多分電話代だけで10万円越えてる(7万円くらいの時に警告来たあと金額見てないけど少なくとも2回くらい日本と1時間越えの会議してる)。
いや忙しいっていうのとも若干違うのかな。なんかこう、ものすごくイレギュラーな仕事をいま担当していて、それを実現させるために色々資料を作ったり人を説得したり社内手続きしたり、とにかく仕込みが多くて、それを全部リモートでやるってのが結構熱いわけです。僕結構ルールブックに載ってない技を使うのが好きで、どの会社でも法務とか経理とかをわりと取引先とのやり取りに同席させたりして前面に立てたりするんだけど、今回もそんな感じで。ただそのセッティングを全部電話やメール越しにやるのがめんどいしだるいし。
だけどこういう仕事は楽しい。ルールがない。きっちりロジックが通っていればみんな面白いと思って協力してくれる。日本での最後の仕事としてこんな楽しい事ができて、本当に感謝しています。
まあ簡単に書ける範囲で書くと、今海外向けの動画を撮ろうとしていて。でもそれほとんどスタッフにしろキャストにしろ僕が自力で集めてるんです。ディレクターとカメラマンは同僚に紹介してもらった人だけど、それ以外の脚本は僕だし、中東某国から呼ぶ有名人も、日本人としてその国で超有名なインスタグラマーも、モブとして出演するのも、取材の許可取りもコーディネイトも、そして条件交渉も全部僕がやってます。公道の撮影許可だって半分くらいはそのディレクターだけど他は僕が申請にいくことになりそうだし。もちろん提案書書いてクライアントにプレゼンだって、僕がやってる。
普通はプロダクションにやってもらう部分が大きいんだけど、それを全部自分でやってる。キャスティング会社も通してない。
かなりえげつないですが、愉しいねこれ。まあつまらない話だけど外国とあんまり取引してない会社だと支払いとかすらシステムがそれ向けにデザインされてなくて、色々面倒だったりするのです。USDで前払いして!というだけで契約書起こしてなんちゃら書となんちゃら届を役員までハンコラリーしなきゃいけなかったりとか。
こういう仕事も、やっぱりかなりPlay by earな部分は大きいのです、これがダメなら次はそれ、と間髪を置かずに代案をはめていって、とにかくやりきる。そこで「なんでダメだったんだろう」「これじゃないと」みたいな事で悩まない(これはやりすぎると「学ばない」ってことになっちゃうんだけど笑)。そんな感じでやるとみんなを死ぬほど振り回すことになるんだけど、みんな楽しく踊ってくれてる…といいなあ。。。とは思うんだけども。
例えば僕が前いた会社なんかも結構むちゃなことを取引先にやらせてたけど、それは確実にかなり大きな金を払うという…なんというか「札束で殴る」方式。それも悪いとはまったく思わないんだけど僕には殴るほどの札束はないので「面白い仕事にする」ことを心がけています。ある意味で広告とPRの違いみたいなものかもしれないけど、誰しも面白かったらまあ金は多少少なくてもやりたいじゃないですか。そんな感じで。
そうそう中国、まあ家はなんとか2つくらいの候補に絞られました。あとは再度行った時に最終的に決める感じかな。なんか上記の事があって落ち着いて家を探すことすらできなかった感じだし壊れてた携帯も持ってったのに直す時間ないしでなんかこうぐるぐるしてるけど、まあしょうがないかな…。
あと後半の出張についてはまあ仕事の内容はふうって感じだしクライアントの偉い人はちょっとズラ感ありすぎなんだけど(あと担当者は酒飲ませて潰すのが好きらしい…超絶めんどい)、中国人同僚にはわりとウェルカムされたと思います。「言葉はともかく、中身が中国人だよこの人…」っていうのは果たして褒め言葉なのか、それとも日本人としてのよさがないという事なのか…しかし広告会社だからなのか?なんか女子ばっかりだよ、かかわったの。全社員の比率は知らんだけどね。そういうのに慣れてるって意味では結構楽ではある。
中国で仕事なり何かをする時にはPlay by the earでやることがとても多い。ルールを事前に決めてそれにまかせて半自動運転するのが日本人のアプローチだから、まあ正反対といえるかもしれない。とりあえずやってみて、ダメならその場で変更して、何が何でも帳尻をあわせる。まあ次々に変わる局面に対応するにはルールではだめで、考え方の部分を磨き込んであとの対応はその場で、というのは一定の合理性がある。
そう、また出張で中国にいます。いまはもう帰り道だけどね。家探しと周辺環境調査+ちょっと中国国内出張で現場立ち合いくらいで10日、住んだことがある自分としては特に前半は休暇くらいの気持ちだったんだけど…いやあ、久しぶりに辛いっていうか忙しい出張でした。わかりやすく言うと、多分電話代だけで10万円越えてる(7万円くらいの時に警告来たあと金額見てないけど少なくとも2回くらい日本と1時間越えの会議してる)。
いや忙しいっていうのとも若干違うのかな。なんかこう、ものすごくイレギュラーな仕事をいま担当していて、それを実現させるために色々資料を作ったり人を説得したり社内手続きしたり、とにかく仕込みが多くて、それを全部リモートでやるってのが結構熱いわけです。僕結構ルールブックに載ってない技を使うのが好きで、どの会社でも法務とか経理とかをわりと取引先とのやり取りに同席させたりして前面に立てたりするんだけど、今回もそんな感じで。ただそのセッティングを全部電話やメール越しにやるのがめんどいしだるいし。
だけどこういう仕事は楽しい。ルールがない。きっちりロジックが通っていればみんな面白いと思って協力してくれる。日本での最後の仕事としてこんな楽しい事ができて、本当に感謝しています。
まあ簡単に書ける範囲で書くと、今海外向けの動画を撮ろうとしていて。でもそれほとんどスタッフにしろキャストにしろ僕が自力で集めてるんです。ディレクターとカメラマンは同僚に紹介してもらった人だけど、それ以外の脚本は僕だし、中東某国から呼ぶ有名人も、日本人としてその国で超有名なインスタグラマーも、モブとして出演するのも、取材の許可取りもコーディネイトも、そして条件交渉も全部僕がやってます。公道の撮影許可だって半分くらいはそのディレクターだけど他は僕が申請にいくことになりそうだし。もちろん提案書書いてクライアントにプレゼンだって、僕がやってる。
普通はプロダクションにやってもらう部分が大きいんだけど、それを全部自分でやってる。キャスティング会社も通してない。
かなりえげつないですが、愉しいねこれ。まあつまらない話だけど外国とあんまり取引してない会社だと支払いとかすらシステムがそれ向けにデザインされてなくて、色々面倒だったりするのです。USDで前払いして!というだけで契約書起こしてなんちゃら書となんちゃら届を役員までハンコラリーしなきゃいけなかったりとか。
こういう仕事も、やっぱりかなりPlay by earな部分は大きいのです、これがダメなら次はそれ、と間髪を置かずに代案をはめていって、とにかくやりきる。そこで「なんでダメだったんだろう」「これじゃないと」みたいな事で悩まない(これはやりすぎると「学ばない」ってことになっちゃうんだけど笑)。そんな感じでやるとみんなを死ぬほど振り回すことになるんだけど、みんな楽しく踊ってくれてる…といいなあ。。。とは思うんだけども。
例えば僕が前いた会社なんかも結構むちゃなことを取引先にやらせてたけど、それは確実にかなり大きな金を払うという…なんというか「札束で殴る」方式。それも悪いとはまったく思わないんだけど僕には殴るほどの札束はないので「面白い仕事にする」ことを心がけています。ある意味で広告とPRの違いみたいなものかもしれないけど、誰しも面白かったらまあ金は多少少なくてもやりたいじゃないですか。そんな感じで。
そうそう中国、まあ家はなんとか2つくらいの候補に絞られました。あとは再度行った時に最終的に決める感じかな。なんか上記の事があって落ち着いて家を探すことすらできなかった感じだし壊れてた携帯も持ってったのに直す時間ないしでなんかこうぐるぐるしてるけど、まあしょうがないかな…。
あと後半の出張についてはまあ仕事の内容はふうって感じだしクライアントの偉い人はちょっとズラ感ありすぎなんだけど(あと担当者は酒飲ませて潰すのが好きらしい…超絶めんどい)、中国人同僚にはわりとウェルカムされたと思います。「言葉はともかく、中身が中国人だよこの人…」っていうのは果たして褒め言葉なのか、それとも日本人としてのよさがないという事なのか…しかし広告会社だからなのか?なんか女子ばっかりだよ、かかわったの。全社員の比率は知らんだけどね。そういうのに慣れてるって意味では結構楽ではある。
そうか、香港のことを書いていなかった /出張
2016年1月21日 日常 でもいいや、書けないことが多すぎる。とりあえず、僕はお嬢とどうなっていくのでしょう。まじわかりません。しかしどうにかなったら面白すぎますよ。
さて、下見+出張で現場に来ています。下見を兼ねて毎日違う宿に泊まってるんですが、面白いですね。同じ地域のホテルを泊まり歩くなんて普通はやらないのでわかりようもないけど、グレードによってやっぱ歴然と違う。壁の薄さやベッドのふかふかさ、朝食のメニューや交通アクセス。やっぱり値段は値段なりというか、理由があるというか。
ただ中国って基本どこもそうなんだけど、まともなグレードの所がまともな値段ではなく、高すぎる。「いや、いいにはいいけど、ここまでではないでしょ…」というクソ強気なことになっていたりします。
あと高級物件になっても、やはりローカル物件だと異常に内装がださいのはなんでなんですかね。よくわからない。形なんてパクれば…とは言わないにしろ、さすがにいまの中国にはわりとセンスがいいものはあるんだから、それを見ればいいのになぜか謎に、またかたくなにクソなデザイン。家具とかはまあオーナーの趣味の部分もあるからわからなくもないけど、内装がださいのは…。
とかなんとか、またも以前の不動産屋をこきつかいながら、見て回る…のもやってますが、なんか結構いまは日本の仕事に追われる毎日。あんまり落ち着いてられてません。本をたくさん持ってきたのに読む時間もない。そんなもんかなあ…そして日本で事故発生するし。やばいし。
そして、新しい会社と顔合わせしてきました。いる日本人は一人を除いて中国語を話せないという悲しい感じで、お前ら何しに来たんだよって言う…そして早速僕よりちょっと前に来た奴に嫌がらせされてたりするわけで、俺どうしようかなあ…。
なんかその人とはまったくそりが合わないんでほっときたいんだけど、彼からすると僕がとてもつぶしたくなる相手らしく、日本にいる時から執拗にずっと付きまとわれていて。んで中国いってくれてよかったなあと思ってたら自分も同じところに飛ばされ、んでしかも恐らく同じチームという…。で、だるいなあと思ってたんですけど、「そういう日本人と付き合うのがだるすぎる」とかなんとかいう話をある人にいったら「そらあんたそんないい待遇で行くんだから我慢しなさい」といわれました。まあ自分が大した苦難もないのに待遇を上げてもらってるのは事実(正確にはそういうギャップを見つけた自分が偉いってだけなんだけど)なわけで、確かに我慢かもなあ。。。でも言葉もしゃべれない癖に偉そうにする日本人と何回も飲みに行ったりとかつらいな…ただでさえ日本で普通の日本人と固まるのもつらいのに。狭い社会のつらさよ。
さーてどうなるのかな。
さて、下見+出張で現場に来ています。下見を兼ねて毎日違う宿に泊まってるんですが、面白いですね。同じ地域のホテルを泊まり歩くなんて普通はやらないのでわかりようもないけど、グレードによってやっぱ歴然と違う。壁の薄さやベッドのふかふかさ、朝食のメニューや交通アクセス。やっぱり値段は値段なりというか、理由があるというか。
ただ中国って基本どこもそうなんだけど、まともなグレードの所がまともな値段ではなく、高すぎる。「いや、いいにはいいけど、ここまでではないでしょ…」というクソ強気なことになっていたりします。
あと高級物件になっても、やはりローカル物件だと異常に内装がださいのはなんでなんですかね。よくわからない。形なんてパクれば…とは言わないにしろ、さすがにいまの中国にはわりとセンスがいいものはあるんだから、それを見ればいいのになぜか謎に、またかたくなにクソなデザイン。家具とかはまあオーナーの趣味の部分もあるからわからなくもないけど、内装がださいのは…。
とかなんとか、またも以前の不動産屋をこきつかいながら、見て回る…のもやってますが、なんか結構いまは日本の仕事に追われる毎日。あんまり落ち着いてられてません。本をたくさん持ってきたのに読む時間もない。そんなもんかなあ…そして日本で事故発生するし。やばいし。
そして、新しい会社と顔合わせしてきました。いる日本人は一人を除いて中国語を話せないという悲しい感じで、お前ら何しに来たんだよって言う…そして早速僕よりちょっと前に来た奴に嫌がらせされてたりするわけで、俺どうしようかなあ…。
なんかその人とはまったくそりが合わないんでほっときたいんだけど、彼からすると僕がとてもつぶしたくなる相手らしく、日本にいる時から執拗にずっと付きまとわれていて。んで中国いってくれてよかったなあと思ってたら自分も同じところに飛ばされ、んでしかも恐らく同じチームという…。で、だるいなあと思ってたんですけど、「そういう日本人と付き合うのがだるすぎる」とかなんとかいう話をある人にいったら「そらあんたそんないい待遇で行くんだから我慢しなさい」といわれました。まあ自分が大した苦難もないのに待遇を上げてもらってるのは事実(正確にはそういうギャップを見つけた自分が偉いってだけなんだけど)なわけで、確かに我慢かもなあ。。。でも言葉もしゃべれない癖に偉そうにする日本人と何回も飲みに行ったりとかつらいな…ただでさえ日本で普通の日本人と固まるのもつらいのに。狭い社会のつらさよ。
さーてどうなるのかな。
2015の忘年会たち。
2016年1月8日 非日常12/2 香港エジプト会 ★★☆☆☆
なんだかよくわからない会。香港からいつものように(ホント頻繁やな)帰ってきた怪人が「飲もう」と言うので当日急遽という感じ。エジプトは、なんかエジプトの研究?してるとかいう自称アーティストでしたが、やばそうなにおいがぷんぷんして逃げました。他はイタリアに恋するよくわからんキュレーターで、まあこの人は面白いからいいのでしたが。
12/3 新聞記者w新卒 ★★★☆☆
以前結構つるんでた新聞記者の会社に、これまた偶然以前全然別の業界の就職の相談をされた若者が入ることになり、それもずっと前のことなのに律儀に報告してくれたから、うれしくなって記者を紹介してあげたのでした。実は二人にはマイナー言語学習者(記者はちょっと前まで社費留学)という共通点もあって、10歳以上離れてるけど多分社内的に同じ派閥に入るはず、という意味でも彼らを結び付けてあげることは多分特に後輩にとっては役に立つだろうなと。ま、僕も記者と会いたかったけどなかなか口実がつくれないままになっていたので助かりました。うましゃぶ食った。
あと途中からそのつるんでたグループで一緒だったとても感じの良い女の子が混ざって、それもそれで面白かった。ちなみにこの新聞のパリ同時多発テロの現地絡みの記事はこの子と僕が情報源の結構な割合を占めている模様ww
12/4 泥酔&肉 ★★★★☆
最近知り合ったのに結構仲がいい某コンサル女と友達のグルメ雑誌編集者。肉美味かった…。今度は食べログ一位の店をめざして旅に出るようです。罵り合ってますが、謎に仲が良いです。
12/5 例年の中国系 ★★★☆☆
去年は司会をやった中国系忘年会。今年は新しい出会いがなく、参加名簿を見て唯一会いたいと思っていた人に気付けず、なんか残念…しかしいろんな人に移住は報告できたからいいかな。あと、映画の件で絡んだ先生にもご挨拶したかったけどこなかったし。
12/8 新聞記者 ★★★☆☆
こっちは上の人の先輩ではあるんだけど、パリの件で色々協力したということと移住を祝してごちそうしてやる、というので謎にロシア料理。なぜって数日前に陸自に浸透してたロシアスパイが摘発されて、その資料の受け渡しが高田馬場のロシア料理屋だったから…という(ちなみに僕たちは違う店に)。
12/10 元同僚フジコ ★★★☆☆
最初の会社で一緒だったけどしばらく連絡を取っていなかった人と仕事で一瞬絡みかけたことをきっかけに連絡復活したので、会ってみた。普通に当日「今日空いてます?」みたいな感じ。結構ハッピーそうでした。僕たちがいた会社のグループには去年くらいまでいたけど、最近移ったんだってさ。
12/12 なんとなく忘年会 ★★☆☆☆
雑な運営すぎて人が集まらなかった謎の忘年会。友達が何人か連れてきたけど面白いって感じの人ではありませんでした…。。
12/13 大学サークル送別会 ★★★☆☆
久しぶりの人がたくさん。後輩メインかな。実は2個下の後輩がインドネシアに駐在が決まってその送別会…とおもったら自分も送り出される側になってしまったと言う。相変わらず東京地検に後輩がいたw
餞別としてもらった顔写真入りテープには大ウケ。
12/14 1万円のビール ★★★☆☆
忘年会ってほどでもないかな。某バーの社長に呼ばれ、彼の持ってる店の一つへ。なんか原価で1万円するビールを仕入れたけどこんなの一本じゃ売れないから客にグラスで出してシェアするからそれ飲もうぜ、とのことで。まあ、旅立ちのご報告なども含めて。
12/15 北京系忘年会 ★★☆☆☆
会自体はあんまりおもしろくなかった。以前飲んでた人の集まり+α。昔結構僕に言い寄ってた人が新婚だったんだけど結婚した相手がこれか…俺はこういうのと品定めされたのか。。といや、正直思いました。別にこちらに気はなかったしいいんだけど、同じ動物に見えたのかな?ひょっとして(ひどいのは知ってるけどさすがにあれはない…)。
でも向かいに座ってたはじめましての中国人(日本育ちだったようで、言われるまで日本人だと思ってた)がとてもいい感じの人で楽しかったです。もっと話したかったな。ということで日本にいる内に個別を組みたいのですが…どうだろう。俺のスケジュール、結構やばい。
12/17 親戚のかしら ★★★☆☆
兄貴分と香港料理。餞別にまた色々いただいてしまいました。ま、いつもの安定感。この人うちの家族のこと本当にわかってるんだよな…すごい。
12/18 会社忘年会 ★★☆☆☆
流し。つまんなかったけど謎にモエとスターウォーズの鑑賞券当てた…というより、実は隣の人が当てて最初モエしか見えなかったから「酒飲まないから交換しよう」とかいって僕(も結構よさげなものだった)と交換したら、実はモエの影からSWが出てきたって言う…。
特に話をしたい相手もいなかったんだけど、唯一というか仲がいいプランナーと少しゆっくり話が出来たのはよかったかな。
12/19 シンガポール帰りの人と火鍋 ★★☆☆☆
まあ半分流しみたいな感じ。おっさんたち+よく飲む人たちと。まあシンガポール行ったらごちそうしてもらおう。
12/21 怪しい投資家と怪しい副総経理 ★★★☆☆
と怪しい会員制のバー。キューバに投資しようぜ!という話になりました。僕は笛吹いてた。なんか会計士とかついてきてたけど、見た感じあほなんだよな。投資家自身はそれなりに頭いいのは見えてるので、周りがこんなんで大丈夫かちょっと心配。この投資家と副総経理は昔の学生起業家仲間…だったのが卒業?ずっと会ってなかった。しかしばらばらに僕と知り合いなのがひょんなことからわかり…ということで再会のおぜん立てをしたのでした。多少感謝というかしてもらえるし、まあ、いいよねこういう会も。
12/23 お嬢様と集中治療の会 ★★★★☆
集中治療室の人が毎年…じゃないな、多分年に2,3回やってるパーティ企画の日。今年はなんか土蔵借りてやった。で、中で楽器弾きまくり。そこに偶然来日中のお嬢を連れて行ってお友達紹介したりしました。
そこでひとしきりみんなと再会(と報告)の後、おでんを食べたがっていた彼女を連れて銀座に行きおでん食べて、解散。楽しかった。
12/24 スウェーデン人のホムパ@北京 ★★☆☆☆
詳しい事は別項で書いたけど、なぜかスウェーデン人のホムパに混ぜてもらってみました。ハムとか、結構食べたことのない味付けの面白い(といって変わってるわけではない)料理と変な人たち。
12/25 元同僚中国人と白人たち ★★☆☆☆
これも書いたね、謎の美大生から中国語で売り込みを受けるという面白いイベントでした。
12/26 上海ホムパ ★☆☆☆☆
書いてる途中でもこれが多分本年最低の忘年会だろうなーという感じ。これも書いたね。
12/27 元ボス ★★★☆☆
これも書いた。会えてよかった早口ボス。子供かなー?それともヨット屋かなー?
12/29 お嬢とJang ★★★★☆
という韓国料理。味はふつう。そしてシャングリラのロビーでピアノが聴けると言うので。まーこれも普通のホテル演奏ですな。でもまあ、相手に満足。
12/30 政府系とタイ料理 ★★★☆☆
米国でMBAかなんか持ってる官僚女子と。肩書にひかないのは既婚者ばかり…とか言ってたけど、実はいい人がいるっぽい。よかったね。ユニークな人だからすきなんだけどね。
12/31 超重い会ダブルヘッダ ★★★★★
これも追って多分詳細書くけど、仲のいいプロデューサ宅でのホムパと、お嬢の家での「お嬢の父上のお友達夫婦」との4人ディナーというおもったるーーーい、でも楽しい年越しでした。いやあ、色々残ったよ記憶に…。
総評:ほかの年を全部振り返ったわけではないけど、今年はいつもと違って★3が多かったかも?ていうかなんか何個か書き落としてる気がする。。まあいいか。あと例年比で若干数も多いような。
新しいネットワークが生まれたというわけでもなく、普通に楽しかったけど、もっと頑張れた気もする。あー忘年会とか銘打っておきながら、そもそも5年ぶりとかそういう久しぶりな人が多いんだ、今年は。それぞれにきっかけや会う理由があって、それはそれでとても良い事だと思うね。
ベストは31日でしょうなー。これは色々転機な気さえする。あとは怪しい人たちをリユニオンさせたのも、なんか後々楽しいことになるかもって意味ではやってよかったかな。
なんだかよくわからない会。香港からいつものように(ホント頻繁やな)帰ってきた怪人が「飲もう」と言うので当日急遽という感じ。エジプトは、なんかエジプトの研究?してるとかいう自称アーティストでしたが、やばそうなにおいがぷんぷんして逃げました。他はイタリアに恋するよくわからんキュレーターで、まあこの人は面白いからいいのでしたが。
12/3 新聞記者w新卒 ★★★☆☆
以前結構つるんでた新聞記者の会社に、これまた偶然以前全然別の業界の就職の相談をされた若者が入ることになり、それもずっと前のことなのに律儀に報告してくれたから、うれしくなって記者を紹介してあげたのでした。実は二人にはマイナー言語学習者(記者はちょっと前まで社費留学)という共通点もあって、10歳以上離れてるけど多分社内的に同じ派閥に入るはず、という意味でも彼らを結び付けてあげることは多分特に後輩にとっては役に立つだろうなと。ま、僕も記者と会いたかったけどなかなか口実がつくれないままになっていたので助かりました。うましゃぶ食った。
あと途中からそのつるんでたグループで一緒だったとても感じの良い女の子が混ざって、それもそれで面白かった。ちなみにこの新聞のパリ同時多発テロの現地絡みの記事はこの子と僕が情報源の結構な割合を占めている模様ww
12/4 泥酔&肉 ★★★★☆
最近知り合ったのに結構仲がいい某コンサル女と友達のグルメ雑誌編集者。肉美味かった…。今度は食べログ一位の店をめざして旅に出るようです。罵り合ってますが、謎に仲が良いです。
12/5 例年の中国系 ★★★☆☆
去年は司会をやった中国系忘年会。今年は新しい出会いがなく、参加名簿を見て唯一会いたいと思っていた人に気付けず、なんか残念…しかしいろんな人に移住は報告できたからいいかな。あと、映画の件で絡んだ先生にもご挨拶したかったけどこなかったし。
12/8 新聞記者 ★★★☆☆
こっちは上の人の先輩ではあるんだけど、パリの件で色々協力したということと移住を祝してごちそうしてやる、というので謎にロシア料理。なぜって数日前に陸自に浸透してたロシアスパイが摘発されて、その資料の受け渡しが高田馬場のロシア料理屋だったから…という(ちなみに僕たちは違う店に)。
12/10 元同僚フジコ ★★★☆☆
最初の会社で一緒だったけどしばらく連絡を取っていなかった人と仕事で一瞬絡みかけたことをきっかけに連絡復活したので、会ってみた。普通に当日「今日空いてます?」みたいな感じ。結構ハッピーそうでした。僕たちがいた会社のグループには去年くらいまでいたけど、最近移ったんだってさ。
12/12 なんとなく忘年会 ★★☆☆☆
雑な運営すぎて人が集まらなかった謎の忘年会。友達が何人か連れてきたけど面白いって感じの人ではありませんでした…。。
12/13 大学サークル送別会 ★★★☆☆
久しぶりの人がたくさん。後輩メインかな。実は2個下の後輩がインドネシアに駐在が決まってその送別会…とおもったら自分も送り出される側になってしまったと言う。相変わらず東京地検に後輩がいたw
餞別としてもらった顔写真入りテープには大ウケ。
12/14 1万円のビール ★★★☆☆
忘年会ってほどでもないかな。某バーの社長に呼ばれ、彼の持ってる店の一つへ。なんか原価で1万円するビールを仕入れたけどこんなの一本じゃ売れないから客にグラスで出してシェアするからそれ飲もうぜ、とのことで。まあ、旅立ちのご報告なども含めて。
12/15 北京系忘年会 ★★☆☆☆
会自体はあんまりおもしろくなかった。以前飲んでた人の集まり+α。昔結構僕に言い寄ってた人が新婚だったんだけど結婚した相手がこれか…俺はこういうのと品定めされたのか。。といや、正直思いました。別にこちらに気はなかったしいいんだけど、同じ動物に見えたのかな?ひょっとして(ひどいのは知ってるけどさすがにあれはない…)。
でも向かいに座ってたはじめましての中国人(日本育ちだったようで、言われるまで日本人だと思ってた)がとてもいい感じの人で楽しかったです。もっと話したかったな。ということで日本にいる内に個別を組みたいのですが…どうだろう。俺のスケジュール、結構やばい。
12/17 親戚のかしら ★★★☆☆
兄貴分と香港料理。餞別にまた色々いただいてしまいました。ま、いつもの安定感。この人うちの家族のこと本当にわかってるんだよな…すごい。
12/18 会社忘年会 ★★☆☆☆
流し。つまんなかったけど謎にモエとスターウォーズの鑑賞券当てた…というより、実は隣の人が当てて最初モエしか見えなかったから「酒飲まないから交換しよう」とかいって僕(も結構よさげなものだった)と交換したら、実はモエの影からSWが出てきたって言う…。
特に話をしたい相手もいなかったんだけど、唯一というか仲がいいプランナーと少しゆっくり話が出来たのはよかったかな。
12/19 シンガポール帰りの人と火鍋 ★★☆☆☆
まあ半分流しみたいな感じ。おっさんたち+よく飲む人たちと。まあシンガポール行ったらごちそうしてもらおう。
12/21 怪しい投資家と怪しい副総経理 ★★★☆☆
と怪しい会員制のバー。キューバに投資しようぜ!という話になりました。僕は笛吹いてた。なんか会計士とかついてきてたけど、見た感じあほなんだよな。投資家自身はそれなりに頭いいのは見えてるので、周りがこんなんで大丈夫かちょっと心配。この投資家と副総経理は昔の学生起業家仲間…だったのが卒業?ずっと会ってなかった。しかしばらばらに僕と知り合いなのがひょんなことからわかり…ということで再会のおぜん立てをしたのでした。多少感謝というかしてもらえるし、まあ、いいよねこういう会も。
12/23 お嬢様と集中治療の会 ★★★★☆
集中治療室の人が毎年…じゃないな、多分年に2,3回やってるパーティ企画の日。今年はなんか土蔵借りてやった。で、中で楽器弾きまくり。そこに偶然来日中のお嬢を連れて行ってお友達紹介したりしました。
そこでひとしきりみんなと再会(と報告)の後、おでんを食べたがっていた彼女を連れて銀座に行きおでん食べて、解散。楽しかった。
12/24 スウェーデン人のホムパ@北京 ★★☆☆☆
詳しい事は別項で書いたけど、なぜかスウェーデン人のホムパに混ぜてもらってみました。ハムとか、結構食べたことのない味付けの面白い(といって変わってるわけではない)料理と変な人たち。
12/25 元同僚中国人と白人たち ★★☆☆☆
これも書いたね、謎の美大生から中国語で売り込みを受けるという面白いイベントでした。
12/26 上海ホムパ ★☆☆☆☆
書いてる途中でもこれが多分本年最低の忘年会だろうなーという感じ。これも書いたね。
12/27 元ボス ★★★☆☆
これも書いた。会えてよかった早口ボス。子供かなー?それともヨット屋かなー?
12/29 お嬢とJang ★★★★☆
という韓国料理。味はふつう。そしてシャングリラのロビーでピアノが聴けると言うので。まーこれも普通のホテル演奏ですな。でもまあ、相手に満足。
12/30 政府系とタイ料理 ★★★☆☆
米国でMBAかなんか持ってる官僚女子と。肩書にひかないのは既婚者ばかり…とか言ってたけど、実はいい人がいるっぽい。よかったね。ユニークな人だからすきなんだけどね。
12/31 超重い会ダブルヘッダ ★★★★★
これも追って多分詳細書くけど、仲のいいプロデューサ宅でのホムパと、お嬢の家での「お嬢の父上のお友達夫婦」との4人ディナーというおもったるーーーい、でも楽しい年越しでした。いやあ、色々残ったよ記憶に…。
総評:ほかの年を全部振り返ったわけではないけど、今年はいつもと違って★3が多かったかも?ていうかなんか何個か書き落としてる気がする。。まあいいか。あと例年比で若干数も多いような。
新しいネットワークが生まれたというわけでもなく、普通に楽しかったけど、もっと頑張れた気もする。あー忘年会とか銘打っておきながら、そもそも5年ぶりとかそういう久しぶりな人が多いんだ、今年は。それぞれにきっかけや会う理由があって、それはそれでとても良い事だと思うね。
ベストは31日でしょうなー。これは色々転機な気さえする。あとは怪しい人たちをリユニオンさせたのも、なんか後々楽しいことになるかもって意味ではやってよかったかな。
去年までの(2014は欠番)。
http://42583.diarynote.jp/201401120055154574/
http://42583.diarynote.jp/201301300100069046/
http://42583.diarynote.jp/201201042329058045/
http://42583.diarynote.jp/200912310100485220/
http://42583.diarynote.jp/200812311703055241/
http://42583.diarynote.jp/200801010509390000/
次は、上海の話。
上海の目的は、某弁護士と会う事。弁護士といっても正確には中国では外国人は弁護士の資格を取れないので、パラリーガルみたいな感じ?だと思うけど。あ、日本人です。
現地系の事務所で働く彼は、上海確か6年目くらい。ここ数年駐在の帰任が相次ぐこの地では、恐らく既に古株です。奥さんは蘇州(ちなみに上海の近く)人で、日系人材会社のトップ営業(3年連続中国全土で営業成績1位だと…これすごいぜ。超いい子なんだけど、いわゆるaggressive系ではなく、そういう意味では何がそこまで評価されるのか、もちろん成績がいいんだろうけど、よくわからないのは多分僕の不徳なんでしょう)。
実は僕が広州に留学することにしたのは、この人の勧めが結構影響しています。僕が留学を決めるちょっと前、僕より前に友達の新聞記者が社費で留学できることが決まり、その行先を相談され色々な人に聞いて回った時に、彼だけが南方の広州を勧めました(いつか書いたかも)。
その理由は「そのあと駐在で行くとしたら恐らく北京か上海。華南の中心部である広州は要所であり経済規模も人口も大きいにもかかわらず、わかってる日本人が非常に少ない。時間がある学生の内に華南の雰囲気を知っておくことは色々な意味で複合・複層的な国家である中国を理解するためにはよい」というもので、非常に説得力を感じました。その彼は結局北京を選んだんですが、僕はそれをよく覚えていて、いざ自分が留学となった時に行ったこともなかった広州を選ぶに至ったわけです。もちろん他にも色々理由はあったんだけど、わりとこの要素は強かった。だからこそ、彼らには直接会ってお礼を言いたいなと思ったのでした。
僕にとっても上海は良くしてくれた人、仲良かった人がみんな消えてしまって、そういう意味では行く価値が激減していました。だからというわけでもないけど、ずいぶん久しぶり…っていっても3月には行ったのか?かもしれないけど。でも着いてみると、まったく中国語がわからなかったころから見慣れた風景があって、なんかやっぱり違うんですよね。住んでた広州よりももっと「あー中国来たわ」感がある。
道端で白人が怪しげな中国語で八百屋と交渉してたりするのが、やっぱり上海なのです。これが香港だと店員も英語を話すし、広東語を操る白人なんて見たこともない(いや、いるようですが)。景色も、空気も、何もかも。
まあ、そんなセンチメンタルな雰囲気に浸りつつも、いやここも空気悪いです。北京に比べれば十分にましで現地人はほとんどマスクしてないけど、いやひどいっすよこれ。見た目そうでもないんだけど…って見た目でわかるのがどんだけ異常やねんって話なんですけどねそもそも。
ということで?初日はその弁護士夫妻と共に日本人の家に入り込んですき焼きパーティに。まあこちらも典型的などうでもいい集まりという…ってお前お呼ばれしてただ飯食ってなんだよその言いぐさはという気もしなくもないけど、まあそんな感じ。なにか在住日本人って無理して集まるんだよね、別に共通点もないのに。結果相当微妙な感じになるという…。楽しいのかな…。よくわかりません。そしてよくわからない空気の中恋愛ジェンガみたいなさらに意味不明なものをやらされるあの空気なんですかね。よくわかりません。まったく頑張りませんでしたが、ホストのおっさんが実は僕の昔の上司(というか先輩?)と一時期同じ会社だったとかで、ちょっと世界の狭さにおどろき。元気かなー。
上海二日目は、謎に一日暇だったのでこれも超久しぶりの昔の上海子会社のボスとのディナーを組んでみました。典型的というか、「中国人の超できるビジネスウーマン」をイメージすると大体この人、という感じの人で、頭の回転もしゃべりも超絶早く、元々早い中国語は最早何を話してるかたまに中国人でもわからない(ちなみに日本語もぺらぺらで、やっぱり速い)、すごいプレッシャーがある人。そんなんだから僕もその会社がなくなり、その人が離れたあとはしばらく会う気がしないかった。その会社で唯一ビジネスという言葉の意味を知ってる人で、その意味では尊敬もしてたし、仕事で会う分には好きだったんだけどね。ちょっと疲れるから。
ただ最近ドイツ人の彼氏とうまく行ってるからか年取ったからかすごく柔らかくなったと複数の元部下が言っていて、では会おうかなと思ってはいたんです。しかし彼女も彼女で忙しく、僕もメアドを知らないので中国に入ってから直前に毎回携帯にSMS飛ばして都合聞いたらダメ、というのが何回か続いて。
でも、今回会えてよかった。たしかに丸くなってはいたけどやっぱりイケイケな部分は残っていて(超高級会員制ヨットクラブ?のリージョンマネージャーをやるか、子供を産むか迷ってるって笑)、話していて面白かった。
その中で一番印象に残ったのは「音楽の時代は終わった」と言ってたこと。彼女も9年かな、僕がいた会社にいて、そのあとは違うビジネスをしてる。一応音楽に関わってはいるけど、前とは全然スタンスが違う。「まだビジネスがいい時に辞めたから私の評判は悪くない。いまのあの会社の状況は、もちろんマネージャーに責任があるんだけど、私がやったってたいして儲けることはできないと思う」って笑ってたけど、たしかにきっとそういう事なんだと思う。
だから実感としてということだと思うんだけど、「ゲームは終わったんだよ」と彼女は何回も言っていた。日本ではあの業界にいると、会社を辞めたって同じ業界のどこかには大体いるんだけど、中国ではそんなことはない。彼女と一緒に働いていたスタッフも、一人を除いて違う業界にいるし、そういう僕だって別のことをやっている。それは日本人として珍しいからこそ多分彼女も僕は気にいってくれるわけなんだけど…彼女にも言ったけど、それにしたって自分が一時だけでも愛したものが死んでいくのを見るのはつらいよね。
そういえばその彼女の旦那さんは有名な人っぽくて、「あの建築は実は」みたいな話、聞いてもちょっとわからんかったけど宿帰って調べたらよく知ってました。そんなもんか。
あ、忘れてた!東京でよく飲んでた人が実は上海に赴任になっていて、あいさつしたんですよ。仕事のことなんか一ミリも話したことなかったけど結構すごい人なんだねー。会社うまくいってなさそうなんで、もっと悪くなるようなら引き抜こうかな。
次は香港へ。
上海の目的は、某弁護士と会う事。弁護士といっても正確には中国では外国人は弁護士の資格を取れないので、パラリーガルみたいな感じ?だと思うけど。あ、日本人です。
現地系の事務所で働く彼は、上海確か6年目くらい。ここ数年駐在の帰任が相次ぐこの地では、恐らく既に古株です。奥さんは蘇州(ちなみに上海の近く)人で、日系人材会社のトップ営業(3年連続中国全土で営業成績1位だと…これすごいぜ。超いい子なんだけど、いわゆるaggressive系ではなく、そういう意味では何がそこまで評価されるのか、もちろん成績がいいんだろうけど、よくわからないのは多分僕の不徳なんでしょう)。
実は僕が広州に留学することにしたのは、この人の勧めが結構影響しています。僕が留学を決めるちょっと前、僕より前に友達の新聞記者が社費で留学できることが決まり、その行先を相談され色々な人に聞いて回った時に、彼だけが南方の広州を勧めました(いつか書いたかも)。
その理由は「そのあと駐在で行くとしたら恐らく北京か上海。華南の中心部である広州は要所であり経済規模も人口も大きいにもかかわらず、わかってる日本人が非常に少ない。時間がある学生の内に華南の雰囲気を知っておくことは色々な意味で複合・複層的な国家である中国を理解するためにはよい」というもので、非常に説得力を感じました。その彼は結局北京を選んだんですが、僕はそれをよく覚えていて、いざ自分が留学となった時に行ったこともなかった広州を選ぶに至ったわけです。もちろん他にも色々理由はあったんだけど、わりとこの要素は強かった。だからこそ、彼らには直接会ってお礼を言いたいなと思ったのでした。
僕にとっても上海は良くしてくれた人、仲良かった人がみんな消えてしまって、そういう意味では行く価値が激減していました。だからというわけでもないけど、ずいぶん久しぶり…っていっても3月には行ったのか?かもしれないけど。でも着いてみると、まったく中国語がわからなかったころから見慣れた風景があって、なんかやっぱり違うんですよね。住んでた広州よりももっと「あー中国来たわ」感がある。
道端で白人が怪しげな中国語で八百屋と交渉してたりするのが、やっぱり上海なのです。これが香港だと店員も英語を話すし、広東語を操る白人なんて見たこともない(いや、いるようですが)。景色も、空気も、何もかも。
まあ、そんなセンチメンタルな雰囲気に浸りつつも、いやここも空気悪いです。北京に比べれば十分にましで現地人はほとんどマスクしてないけど、いやひどいっすよこれ。見た目そうでもないんだけど…って見た目でわかるのがどんだけ異常やねんって話なんですけどねそもそも。
ということで?初日はその弁護士夫妻と共に日本人の家に入り込んですき焼きパーティに。まあこちらも典型的などうでもいい集まりという…ってお前お呼ばれしてただ飯食ってなんだよその言いぐさはという気もしなくもないけど、まあそんな感じ。なにか在住日本人って無理して集まるんだよね、別に共通点もないのに。結果相当微妙な感じになるという…。楽しいのかな…。よくわかりません。そしてよくわからない空気の中恋愛ジェンガみたいなさらに意味不明なものをやらされるあの空気なんですかね。よくわかりません。まったく頑張りませんでしたが、ホストのおっさんが実は僕の昔の上司(というか先輩?)と一時期同じ会社だったとかで、ちょっと世界の狭さにおどろき。元気かなー。
上海二日目は、謎に一日暇だったのでこれも超久しぶりの昔の上海子会社のボスとのディナーを組んでみました。典型的というか、「中国人の超できるビジネスウーマン」をイメージすると大体この人、という感じの人で、頭の回転もしゃべりも超絶早く、元々早い中国語は最早何を話してるかたまに中国人でもわからない(ちなみに日本語もぺらぺらで、やっぱり速い)、すごいプレッシャーがある人。そんなんだから僕もその会社がなくなり、その人が離れたあとはしばらく会う気がしないかった。その会社で唯一ビジネスという言葉の意味を知ってる人で、その意味では尊敬もしてたし、仕事で会う分には好きだったんだけどね。ちょっと疲れるから。
ただ最近ドイツ人の彼氏とうまく行ってるからか年取ったからかすごく柔らかくなったと複数の元部下が言っていて、では会おうかなと思ってはいたんです。しかし彼女も彼女で忙しく、僕もメアドを知らないので中国に入ってから直前に毎回携帯にSMS飛ばして都合聞いたらダメ、というのが何回か続いて。
でも、今回会えてよかった。たしかに丸くなってはいたけどやっぱりイケイケな部分は残っていて(超高級会員制ヨットクラブ?のリージョンマネージャーをやるか、子供を産むか迷ってるって笑)、話していて面白かった。
その中で一番印象に残ったのは「音楽の時代は終わった」と言ってたこと。彼女も9年かな、僕がいた会社にいて、そのあとは違うビジネスをしてる。一応音楽に関わってはいるけど、前とは全然スタンスが違う。「まだビジネスがいい時に辞めたから私の評判は悪くない。いまのあの会社の状況は、もちろんマネージャーに責任があるんだけど、私がやったってたいして儲けることはできないと思う」って笑ってたけど、たしかにきっとそういう事なんだと思う。
だから実感としてということだと思うんだけど、「ゲームは終わったんだよ」と彼女は何回も言っていた。日本ではあの業界にいると、会社を辞めたって同じ業界のどこかには大体いるんだけど、中国ではそんなことはない。彼女と一緒に働いていたスタッフも、一人を除いて違う業界にいるし、そういう僕だって別のことをやっている。それは日本人として珍しいからこそ多分彼女も僕は気にいってくれるわけなんだけど…彼女にも言ったけど、それにしたって自分が一時だけでも愛したものが死んでいくのを見るのはつらいよね。
そういえばその彼女の旦那さんは有名な人っぽくて、「あの建築は実は」みたいな話、聞いてもちょっとわからんかったけど宿帰って調べたらよく知ってました。そんなもんか。
あ、忘れてた!東京でよく飲んでた人が実は上海に赴任になっていて、あいさつしたんですよ。仕事のことなんか一ミリも話したことなかったけど結構すごい人なんだねー。会社うまくいってなさそうなんで、もっと悪くなるようなら引き抜こうかな。
次は香港へ。
人間関係の継続と断絶について
2015年12月26日 非日常また中国に来ています。今回は10日くらい、各地をぶらぶら…といってもなんというか、ご挨拶という感じ。
そう、まだここに書いていなかったけど、移住することになりました。入社して1年も経たずに海外に行かせてもらえるのは海外前提採用=研修終わったらすぐ、みたいな人ではないにしては早かったなと思います。まあ、背後には色々事情があったようですが。
行先は中国です。希望が叶ったといえばその通りで、喜ぶところと思います。いや、喜んでますよ。僕は今でも中国は市場として価値が高いと思っているし、つらくなってきているからこそ残存者利益があると思っているけれども、まあきっとつらいにはつらいです。そんな中で現地採用として何の保護も受けずに働くという選択肢は僕にはなかったからこそ多少博打でも日本の会社を選んだわけだし、それで実際に送られることになったという意味では計算通りといえるでしょう。
ただ少し残念なのは、今年すごくたくさん新しい出会いがあって、そのいくつかはこれによって途切れるだろうということ。人間関係は特に最初の一時期にどれだけ会うかでどれだけ濃くなれるかが決まる(というか正確にいうとたくさん会っても無理なものは無理だけど、会わなければ絶対に親密になる事ができない)と思っていて、まだ「水やり」の時期の関係がいくつかあります。
今年を振り返るというのもそれはそれで年明けにでもやろうと思ってるけど、人間関係にフォーカスすると、だれと出会ったんだろう…と考えるとぱっと出てくるのは5人くらい。珍しく男もいるな、そういえば。
まず、そこまで頻繁に会うわけじゃないけど元MS、現ベンチャーの人。元々は辞めた会社で僕が担当してたクライアントと飲みに行った時にその人が連れてきた男だったんだけど、非常にユニークで、しかもソシャゲとかに関わってるわりにはちゃんと目的がはっきりしていた。目的っていうとちょっと変かな、大げさにいうとちゃんと哲学があるというか。ソシャゲならソシャゲで、それを通じて何を与えたいか、とかそういったことを考えている人。珍しく2人でも飲みに行ったし、他の飲みに連れていったりもしました。
男で続けると、某グルメ雑誌編集。これこそまだ中身を見切ってないんだけど、飯を食ったりの延長で今度他のも含めてすごい山奥の食べログ異常に高評価店→名古屋豪遊→温泉というよくわからない遊びをすることになってる。一人間に女の子を挟んでるけど、色々今後可能性がありそう(仕事も含めてね)。
上の人と引き合わせてくれたのがアル中の女。微妙な関係だけど…まあ飲み友達ってことにしておこう。某コンサルの人で、ロンドンのとても有名な大学で社会学修士を取ってる…というと頭よさそうなんだけど、ジェンダーで修士号取るって頭おかしいよなと思ったらやっぱりおかしくて、大学院出てる臭が一切しません。というか基本的にアル中です。
ほかにも、雑誌社上がりのWEBスタートアップの女の子(メンヘラ)とか、元有名なデザイナーの下にいた独立したてのデザイナーの子とか、5年は楽しめそうな人材がたくさん。しかし彼らともそこまで頻繁に会う事はできなくなる…といっても帰ってくるけどさ。
あーそうだ、海外編で言えば広州の僕の日本語教師だってであったのは今年の頭だし、香港の4大ネットワークのプロデューサーや某お乗馬がお趣味の嬢だって今年なのか…どんなに出会ってるんだ今年。あ、お琴のひともだ。
こうした関係は、もちろん自分で探し出したものもある。パーティでひっかけたというのもある。でもその他で多いなと思うのは友達の紹介。上の雑誌の編集だって新しい友人(アル中)が紹介してくれたんだし、最近「この人(僕)は道化さんにあうと思う」といって誰かを紹介してくれることが増えた気がするんだよね。
それは多分喜ぶべきこと。自分が他人を紹介するときに何を考えているかを想像すればそれは当然で、自分でいうのもなんだけど、価値があるとか面白いと思ってもらえてるからこそ、面白い人を紹介してもらえるわけなので。
数年間東京にいない間にさらに男をあげられればそれもそれだけど、それでも今こうして評価してもらって、その結果として面白い人が自分の周りに集まるという好循環が起こっていることを考えると、この状態でその出来つつある循環の外に自分から出てしまうというのは、至極残念。もちろん、向こうに行っても新しい出会いはあるんだろうけどね。
そんなことを考えながら、香港でたらたらしています。
そう、まだここに書いていなかったけど、移住することになりました。入社して1年も経たずに海外に行かせてもらえるのは海外前提採用=研修終わったらすぐ、みたいな人ではないにしては早かったなと思います。まあ、背後には色々事情があったようですが。
行先は中国です。希望が叶ったといえばその通りで、喜ぶところと思います。いや、喜んでますよ。僕は今でも中国は市場として価値が高いと思っているし、つらくなってきているからこそ残存者利益があると思っているけれども、まあきっとつらいにはつらいです。そんな中で現地採用として何の保護も受けずに働くという選択肢は僕にはなかったからこそ多少博打でも日本の会社を選んだわけだし、それで実際に送られることになったという意味では計算通りといえるでしょう。
ただ少し残念なのは、今年すごくたくさん新しい出会いがあって、そのいくつかはこれによって途切れるだろうということ。人間関係は特に最初の一時期にどれだけ会うかでどれだけ濃くなれるかが決まる(というか正確にいうとたくさん会っても無理なものは無理だけど、会わなければ絶対に親密になる事ができない)と思っていて、まだ「水やり」の時期の関係がいくつかあります。
今年を振り返るというのもそれはそれで年明けにでもやろうと思ってるけど、人間関係にフォーカスすると、だれと出会ったんだろう…と考えるとぱっと出てくるのは5人くらい。珍しく男もいるな、そういえば。
まず、そこまで頻繁に会うわけじゃないけど元MS、現ベンチャーの人。元々は辞めた会社で僕が担当してたクライアントと飲みに行った時にその人が連れてきた男だったんだけど、非常にユニークで、しかもソシャゲとかに関わってるわりにはちゃんと目的がはっきりしていた。目的っていうとちょっと変かな、大げさにいうとちゃんと哲学があるというか。ソシャゲならソシャゲで、それを通じて何を与えたいか、とかそういったことを考えている人。珍しく2人でも飲みに行ったし、他の飲みに連れていったりもしました。
男で続けると、某グルメ雑誌編集。これこそまだ中身を見切ってないんだけど、飯を食ったりの延長で今度他のも含めてすごい山奥の食べログ異常に高評価店→名古屋豪遊→温泉というよくわからない遊びをすることになってる。一人間に女の子を挟んでるけど、色々今後可能性がありそう(仕事も含めてね)。
上の人と引き合わせてくれたのがアル中の女。微妙な関係だけど…まあ飲み友達ってことにしておこう。某コンサルの人で、ロンドンのとても有名な大学で社会学修士を取ってる…というと頭よさそうなんだけど、ジェンダーで修士号取るって頭おかしいよなと思ったらやっぱりおかしくて、大学院出てる臭が一切しません。というか基本的にアル中です。
ほかにも、雑誌社上がりのWEBスタートアップの女の子(メンヘラ)とか、元有名なデザイナーの下にいた独立したてのデザイナーの子とか、5年は楽しめそうな人材がたくさん。しかし彼らともそこまで頻繁に会う事はできなくなる…といっても帰ってくるけどさ。
あーそうだ、海外編で言えば広州の僕の日本語教師だってであったのは今年の頭だし、香港の4大ネットワークのプロデューサーや某お乗馬がお趣味の嬢だって今年なのか…どんなに出会ってるんだ今年。あ、お琴のひともだ。
こうした関係は、もちろん自分で探し出したものもある。パーティでひっかけたというのもある。でもその他で多いなと思うのは友達の紹介。上の雑誌の編集だって新しい友人(アル中)が紹介してくれたんだし、最近「この人(僕)は道化さんにあうと思う」といって誰かを紹介してくれることが増えた気がするんだよね。
それは多分喜ぶべきこと。自分が他人を紹介するときに何を考えているかを想像すればそれは当然で、自分でいうのもなんだけど、価値があるとか面白いと思ってもらえてるからこそ、面白い人を紹介してもらえるわけなので。
数年間東京にいない間にさらに男をあげられればそれもそれだけど、それでも今こうして評価してもらって、その結果として面白い人が自分の周りに集まるという好循環が起こっていることを考えると、この状態でその出来つつある循環の外に自分から出てしまうというのは、至極残念。もちろん、向こうに行っても新しい出会いはあるんだろうけどね。
そんなことを考えながら、香港でたらたらしています。
年末の旅行は、結局ご挨拶周りをテーマに短い間隔でホッピングしまくるということにしました。旅程は北京→上海→香港→ベトナム→名古屋。
いまは香港にいます。特にやることもないんですが、まあたらたらしてます。改めて考えると香港は知り合い手薄…ってそりゃそうだよな、つうか中国旅しまくってると書く目的地に知り合いがいるのが普通になってるのがしびれる。
ところでいまコーヒー飲みつつ朝ご飯を待ってこれを書いてるんですが、高いな香港やっぱり。コーヒーもだけど、色々。
今日はまず、北京のこと。
北京の空気は、ちょいちょい報道されている通りひどいです。日本(に限らないけど)のメディアはとかくエッジな部分を取り上げるので、僕自身もTVで「北京が白くなってる!」みたいなのを見た時には別にまあいつものことだろくらいの事だったんですが、いやあ体験してみると違いますね。
地下鉄のホームやホテルのロビーくらいのサイズの空間だと、部屋の中でも白いんですよ、わかるんですよ…写真撮ってもとらえられないんですけどね。人間の眼って本当に高性能ですね。で、もちろん街を歩いていても普通に「あ、これやばいやつ」って感じののど越しだし、言葉になりません。マスク必須、というかあのTVで見る防塵的なごっついやつが必須だと思います。当地の中国人ですら、マスクしてますからね…ってこれ結構驚きポイントなんですよ?ちょっと前まではマスクしてると日本人だってわかるとか言われてたし、基本観光客(外国人)だと見抜かれるとトラブルが寄ってくると信じてる僕なんかは死んでもしねえ!と思ってましたからね。いやでもこれはやばい。ちなみに若干咳が残ってる状態で行ったんですが、3日くらいたった今でもまだ軽く残ってる。何週間やねん。。。
北京行った目的は色々あるというか色々言えるけど、結局はお琴の人に会うためというのが大きいんじゃないかな。実は発つ直前知ったのが、彼女が結婚を決めたという事。ちょっとショックではあったけど、まあ元々この先交わらない人生なのはわかってたし、それについて考えても仕方ないんだけどね。
この人は、それこそ今年新しく出会った中のビッグヒットのひとり。前書いた気がするけど、中央音楽院という日本でいう藝大のような中国の音楽系最高学府を民族楽器である琴の専攻で卒業している。それだけでなく名前で検索すると、全国2位とかになってる。
でも確か学部3年だか4年の時に日本語を勉強し始めて一年でN1といわれる日本語検定試験の最高級に合格し、院から藝大にきて、コンサートマネジメント的なことを勉強した(ってこれだけで人物特定できるなきっと)。楽器の演奏技術にしても日本語にしても、これだけ見ても頭がいい事はよくわかるし、実際会って話していてもとてもクリア。そして愛嬌があり、美人。ああもう。
そんな彼女は東京でポップスのコンサートの裏方をやっていてやめたくなってきた時に人の紹介で出会って、意気投合したのでした。コンサートに招待もしてくれたし、僕も彼女に仕事紹介したし(オファー出たらしいけど、他の魅力的な仕事を見つけたからそこには入らず)。
彼女は出会った時から「日本はとてもいい場所だけど、一生暮らす場所じゃない」と言っていて、結構気持ちはかたかったように思います。僕はとても彼女に魅力を感じつつも、そう考える気持ちもとてもよくわかったし、彼女のキャリアのためにもそれがベターである事もとてもよくわかるので何も言えず、でした。外国人、特に非英語話者が東京で暮らす(ちゃんと金を稼ぐ)ことは本当に大変なんです。もちろん本当の意味での何らかのスペシャリストになるなど道がないわけではないのですが、特に若手を過ぎたあたりからのキャリアパスとして描けるきれいな形はやっぱりないに等しい。
結局彼女はいまの仕事を東京から手に入れ、北京に去っていきました。そして今回の再会となるわけです。彼女はいま芸術系のこれまた名門大学のディレクターで、僕もその大学に(若干分野が違うとはいえ)興味があったので今回はそこを案内してもらったりしました。全学で800人とかなり小さい所帯のわりにすげー金のかかったキャンパス。ちょっと豪華すぎやしませんかね。
あー、ざっと書くだけでもむき出しにセンチメンタルだな。しょうがない。ちなみに新校舎を見た後、旧校舎の中も見せてもらって僕のお気に入りのカフェにいきました(写真2枚目)。彼女の旦那さん、ドイツ帰りの研究者かなにかだそうで。いいなーいいなー。個人的なことを言えば、彼女が北京に仕事を見つけられなければよかったなといまでも思ってます。出会ってから結構すぐの別れになってしまったけど、もし僕に半年あれば、また話は違ったのでは、とかね。うひー。
違う、彼女の話を書くためだけに今日の日記はあるわけではない。まあそんな彼女と会ったあとは何したんだっけ。たしか携帯修理だな。画面が割れてた中国携帯を修理に…と思って色々苦労して代わりの画面を入手して(普通は修理屋に在庫があるんだけど僕のは結構特殊なこともあって、ストックがないことがおおいので別ルートでわざわざ調達して、持ち込んだ)店で頼んだら「画面なおしても別の部分にエラーがあって起動しない」という事態。ちっ。一応なおすものは直して、あとはまた考えましょう…。
この日の夜は謎のクリスマスパーティ。東京で知り合ったアメリカ人映画監督にお呼ばれして、スウェーデン人の活動家(!)のホームパーティ。8人くらいかな。スウェーデン特産?のいろんなものをご馳走になって(しかも払ってない!)。英語が異常にうまい内モンゴル人(顔、体型から英語の話しかたまで元クライアントに似てる)やらCCTVの下請けで外国報道のモニタリングしてる女の子、などなど…。ちなみにそのスウェーデン人活動家も、弁護士とかに政府ににらまれないで活動するための方法とかを教える…って結構それ危険やなー。しかもそいつ中国語しゃべれないっぽいし。
こういう所きて思うのは、まずひとつ、白人(というか英語話者)コミュニティはまた日本人とは違う情報リソースを持っていたり、見方を持っているということ。そしてそれとも関連すると思うけど、シリアスに色々やってるこういう人たちも、結局中国語を話せない人が多い。日本人だって多いけどね。でも僕らにとっては中国ってわりと隣だけど、飛行機に10時間乗ってこんな地の果てまでくるくらいある意味で賭けているだろうのに、そんなんでええんかいな、とは思う。
ああ話がそれた、言いたかったのは前者。つまり違うチャンネルを持っている気がするというのと、人権やら何やらについて取り組むときは多分中国人だって助けを求めるとしたらそちらのルートな気がして、加えて日本人の中国問題に関わる人って英語に弱いイメージがあるんだよね。西洋的な人が少ないというか…僕は別にそこに踏み込む気はまったくないけど、結構飽和してる日本系中国ウォッチャーであっても、そちらにチャンネルがあるとまだいける(どこへだ)気がした。逆に農村とかに入り込んで現地で調査をする、とかは肌の色が違うだけで色々大変だろうし文化もあるしで白人にはやりにくいことだろうけど、日本人はその辺すごいしね。ちょっとでもこちらの世界に関わると、前にも書いたかもしれないけど本当に入り込んでる日本人のディープさに驚くし、尊敬します。
あ、パーティ自体は楽しかったけど、まあ二度と会わないんだろうなくらいではある。人間関係って難しいわ。ネタになったし色々考えられたからいいけど。
まさかこんな所で社会心理学のスタディについて話すチャンスがあるとは思わなかったわ。いや、なんか最近中国のどこかで2歳の子供?が衆人環視の中、車に2回轢かれたとかいう事件があったらしく、それを「中国の社会のひずみ」として話してたんだよね、でも実は同じような話はアメリカにもあって、道端で強盗に襲われた女の人が叫んで助けを求めてるのに誰も通報すらしなかったという…で、それがとても有名な社会心理学の本に紹介されてるんです。でだから僕はつたない英語でその話を紹介して、別に中国だけじゃなくね?人間は群衆になると知能が低下するんだよ、みたいな話をしていたのでした(「その話は知ってる、50年代かなんかでしょ?中国のこの話はいまの話よ」って反論されたけど…60年遅れてるっていいたいのかな)。結論には納得できないけど、色々話している中に「中国はオリンピックで個人競技ではメダル取りまくってるのになんでサッカーとかの団体競技はからきしだめか」みたいな話がでてきたのは面白かった。
で、次の日はその子に北京を案内してもらい、夜は元同僚+白人たちの集まりに混ざり、向かいに座ってたイギリス人?が連れてる若い中国人(あまり英語話せない)と中国語でくっちゃべってました(美大の学生らしい)。しかし白人が連れてる女ってみんな若いのう。なんなのあれ。俺も大学生くどこう。
それにしても、僕北京に来るごとに毎回この元同僚の食事会?に顔出してるんだけど、店は一緒でも面子がかぶる事がない。深く聞いてないけど、恐らく結構Easy come Easy goっていうのか?みんなほとんど中国語わからんみたいだし、短期でしか滞在せず、すぐにどっか別の土地に流れていくダメな感じの人たちなんだろうな…という気持ちになったりもする。日本人も現地採用と駐在に結構はっきりとした格差があるけど、白人もそうなんだよねー。いや、いやな話なんだけど。ちなみに日本にいる外人もそういうのがあって、あんまり会う機会がないし何かに取り上げられたりする機会もないから意識されないけど、語学学校の教師とかマジゴミです。
そしてなんかあんまり面白い集いじゃなかったのと、別の日本人夫妻から呼ばれたので脱出して、最後はその人たちと。なんか意味不明に3人で超盛り上がったけどあれは何だったんだ…?まあいいけど。
いまは香港にいます。特にやることもないんですが、まあたらたらしてます。改めて考えると香港は知り合い手薄…ってそりゃそうだよな、つうか中国旅しまくってると書く目的地に知り合いがいるのが普通になってるのがしびれる。
ところでいまコーヒー飲みつつ朝ご飯を待ってこれを書いてるんですが、高いな香港やっぱり。コーヒーもだけど、色々。
今日はまず、北京のこと。
北京の空気は、ちょいちょい報道されている通りひどいです。日本(に限らないけど)のメディアはとかくエッジな部分を取り上げるので、僕自身もTVで「北京が白くなってる!」みたいなのを見た時には別にまあいつものことだろくらいの事だったんですが、いやあ体験してみると違いますね。
地下鉄のホームやホテルのロビーくらいのサイズの空間だと、部屋の中でも白いんですよ、わかるんですよ…写真撮ってもとらえられないんですけどね。人間の眼って本当に高性能ですね。で、もちろん街を歩いていても普通に「あ、これやばいやつ」って感じののど越しだし、言葉になりません。マスク必須、というかあのTVで見る防塵的なごっついやつが必須だと思います。当地の中国人ですら、マスクしてますからね…ってこれ結構驚きポイントなんですよ?ちょっと前まではマスクしてると日本人だってわかるとか言われてたし、基本観光客(外国人)だと見抜かれるとトラブルが寄ってくると信じてる僕なんかは死んでもしねえ!と思ってましたからね。いやでもこれはやばい。ちなみに若干咳が残ってる状態で行ったんですが、3日くらいたった今でもまだ軽く残ってる。何週間やねん。。。
北京行った目的は色々あるというか色々言えるけど、結局はお琴の人に会うためというのが大きいんじゃないかな。実は発つ直前知ったのが、彼女が結婚を決めたという事。ちょっとショックではあったけど、まあ元々この先交わらない人生なのはわかってたし、それについて考えても仕方ないんだけどね。
この人は、それこそ今年新しく出会った中のビッグヒットのひとり。前書いた気がするけど、中央音楽院という日本でいう藝大のような中国の音楽系最高学府を民族楽器である琴の専攻で卒業している。それだけでなく名前で検索すると、全国2位とかになってる。
でも確か学部3年だか4年の時に日本語を勉強し始めて一年でN1といわれる日本語検定試験の最高級に合格し、院から藝大にきて、コンサートマネジメント的なことを勉強した(ってこれだけで人物特定できるなきっと)。楽器の演奏技術にしても日本語にしても、これだけ見ても頭がいい事はよくわかるし、実際会って話していてもとてもクリア。そして愛嬌があり、美人。ああもう。
そんな彼女は東京でポップスのコンサートの裏方をやっていてやめたくなってきた時に人の紹介で出会って、意気投合したのでした。コンサートに招待もしてくれたし、僕も彼女に仕事紹介したし(オファー出たらしいけど、他の魅力的な仕事を見つけたからそこには入らず)。
彼女は出会った時から「日本はとてもいい場所だけど、一生暮らす場所じゃない」と言っていて、結構気持ちはかたかったように思います。僕はとても彼女に魅力を感じつつも、そう考える気持ちもとてもよくわかったし、彼女のキャリアのためにもそれがベターである事もとてもよくわかるので何も言えず、でした。外国人、特に非英語話者が東京で暮らす(ちゃんと金を稼ぐ)ことは本当に大変なんです。もちろん本当の意味での何らかのスペシャリストになるなど道がないわけではないのですが、特に若手を過ぎたあたりからのキャリアパスとして描けるきれいな形はやっぱりないに等しい。
結局彼女はいまの仕事を東京から手に入れ、北京に去っていきました。そして今回の再会となるわけです。彼女はいま芸術系のこれまた名門大学のディレクターで、僕もその大学に(若干分野が違うとはいえ)興味があったので今回はそこを案内してもらったりしました。全学で800人とかなり小さい所帯のわりにすげー金のかかったキャンパス。ちょっと豪華すぎやしませんかね。
あー、ざっと書くだけでもむき出しにセンチメンタルだな。しょうがない。ちなみに新校舎を見た後、旧校舎の中も見せてもらって僕のお気に入りのカフェにいきました(写真2枚目)。彼女の旦那さん、ドイツ帰りの研究者かなにかだそうで。いいなーいいなー。個人的なことを言えば、彼女が北京に仕事を見つけられなければよかったなといまでも思ってます。出会ってから結構すぐの別れになってしまったけど、もし僕に半年あれば、また話は違ったのでは、とかね。うひー。
違う、彼女の話を書くためだけに今日の日記はあるわけではない。まあそんな彼女と会ったあとは何したんだっけ。たしか携帯修理だな。画面が割れてた中国携帯を修理に…と思って色々苦労して代わりの画面を入手して(普通は修理屋に在庫があるんだけど僕のは結構特殊なこともあって、ストックがないことがおおいので別ルートでわざわざ調達して、持ち込んだ)店で頼んだら「画面なおしても別の部分にエラーがあって起動しない」という事態。ちっ。一応なおすものは直して、あとはまた考えましょう…。
この日の夜は謎のクリスマスパーティ。東京で知り合ったアメリカ人映画監督にお呼ばれして、スウェーデン人の活動家(!)のホームパーティ。8人くらいかな。スウェーデン特産?のいろんなものをご馳走になって(しかも払ってない!)。英語が異常にうまい内モンゴル人(顔、体型から英語の話しかたまで元クライアントに似てる)やらCCTVの下請けで外国報道のモニタリングしてる女の子、などなど…。ちなみにそのスウェーデン人活動家も、弁護士とかに政府ににらまれないで活動するための方法とかを教える…って結構それ危険やなー。しかもそいつ中国語しゃべれないっぽいし。
こういう所きて思うのは、まずひとつ、白人(というか英語話者)コミュニティはまた日本人とは違う情報リソースを持っていたり、見方を持っているということ。そしてそれとも関連すると思うけど、シリアスに色々やってるこういう人たちも、結局中国語を話せない人が多い。日本人だって多いけどね。でも僕らにとっては中国ってわりと隣だけど、飛行機に10時間乗ってこんな地の果てまでくるくらいある意味で賭けているだろうのに、そんなんでええんかいな、とは思う。
ああ話がそれた、言いたかったのは前者。つまり違うチャンネルを持っている気がするというのと、人権やら何やらについて取り組むときは多分中国人だって助けを求めるとしたらそちらのルートな気がして、加えて日本人の中国問題に関わる人って英語に弱いイメージがあるんだよね。西洋的な人が少ないというか…僕は別にそこに踏み込む気はまったくないけど、結構飽和してる日本系中国ウォッチャーであっても、そちらにチャンネルがあるとまだいける(どこへだ)気がした。逆に農村とかに入り込んで現地で調査をする、とかは肌の色が違うだけで色々大変だろうし文化もあるしで白人にはやりにくいことだろうけど、日本人はその辺すごいしね。ちょっとでもこちらの世界に関わると、前にも書いたかもしれないけど本当に入り込んでる日本人のディープさに驚くし、尊敬します。
あ、パーティ自体は楽しかったけど、まあ二度と会わないんだろうなくらいではある。人間関係って難しいわ。ネタになったし色々考えられたからいいけど。
まさかこんな所で社会心理学のスタディについて話すチャンスがあるとは思わなかったわ。いや、なんか最近中国のどこかで2歳の子供?が衆人環視の中、車に2回轢かれたとかいう事件があったらしく、それを「中国の社会のひずみ」として話してたんだよね、でも実は同じような話はアメリカにもあって、道端で強盗に襲われた女の人が叫んで助けを求めてるのに誰も通報すらしなかったという…で、それがとても有名な社会心理学の本に紹介されてるんです。でだから僕はつたない英語でその話を紹介して、別に中国だけじゃなくね?人間は群衆になると知能が低下するんだよ、みたいな話をしていたのでした(「その話は知ってる、50年代かなんかでしょ?中国のこの話はいまの話よ」って反論されたけど…60年遅れてるっていいたいのかな)。結論には納得できないけど、色々話している中に「中国はオリンピックで個人競技ではメダル取りまくってるのになんでサッカーとかの団体競技はからきしだめか」みたいな話がでてきたのは面白かった。
で、次の日はその子に北京を案内してもらい、夜は元同僚+白人たちの集まりに混ざり、向かいに座ってたイギリス人?が連れてる若い中国人(あまり英語話せない)と中国語でくっちゃべってました(美大の学生らしい)。しかし白人が連れてる女ってみんな若いのう。なんなのあれ。俺も大学生くどこう。
それにしても、僕北京に来るごとに毎回この元同僚の食事会?に顔出してるんだけど、店は一緒でも面子がかぶる事がない。深く聞いてないけど、恐らく結構Easy come Easy goっていうのか?みんなほとんど中国語わからんみたいだし、短期でしか滞在せず、すぐにどっか別の土地に流れていくダメな感じの人たちなんだろうな…という気持ちになったりもする。日本人も現地採用と駐在に結構はっきりとした格差があるけど、白人もそうなんだよねー。いや、いやな話なんだけど。ちなみに日本にいる外人もそういうのがあって、あんまり会う機会がないし何かに取り上げられたりする機会もないから意識されないけど、語学学校の教師とかマジゴミです。
そしてなんかあんまり面白い集いじゃなかったのと、別の日本人夫妻から呼ばれたので脱出して、最後はその人たちと。なんか意味不明に3人で超盛り上がったけどあれは何だったんだ…?まあいいけど。
携帯から書いてみる。もちろん愛すべきDiarynoteは、携帯だからとレイアウトを変えたりそういったことはしてくれない。硬派なやつめ。
台湾に行ってきた。考えてみたら、多分最短。金曜の午後飛んで、日曜には帰国している。
僕は名うての台北きらいきらい主義者なんだけど、今回は素直になりましょう。結構楽しかったです。ただ一点、体調のことを除けば。
ここ数週間、微熱があるんだかないんだか状態が続いています。集中力に欠ける、でもなにか具体的な問題があるわけではない、という微妙さ。
でも旅行前から咳が出始めたりちょっとおかしくなりつつあって、念のためクスリをもってったのが結果的にはよかった。いや、よくないけど。
今回は集中治療室の人たちとで、総勢7人かな?みんなばらばらに入るし行動するし、かなりばらばら。でも食事はみんな集まる。まあそんな感じ。前も書いたけどこの人たち異常に英語力が高いのばっかりなんだけど相変わらず旅慣れてない。もたる。なぜ君たちはそうなんだ。まあ、生活したことがあるのと旅は違うんでしょうな。旅ってより団体行動自体が苦手って感じはあるが(基本みんな友達いないぽいし笑)。
食べ物は・・・好みもあるんだろうけど、僕が勧めたところは皆美味しく、誰かがガイドブックでみつけたとこは・・・お、おう、なかんじ。そんなもんだよな、こちとら地元民とかやったら行きまくってる食い道楽みたいなんに訊いてるわけで。
特に初日の自称四川料理は・・・席に通された瞬間カスってわかるやんけ、てかんじ。まあみんなでわいわい食べればそういうのあんま気にならんといえばそうだけど、お会計見てぴくぴくした。
ある同行者が「香港と台湾は近いといわれるけど、決定的な違いは香港は変化を受け入れ自身も変化するが、台湾は変わらないこと。ここ十年でなにも変わらず、恐らく次の十年もそうだろう」と。
僕は中国との関係において次の十年では何かが変わるのでは?と思ってはいるけど、言うことはわかる。彼らは中国にはなれない。しかし経済的には依存しないと生きていけない。そういう意味で、台湾は名目上はこのまま独立を保ち、ゆっくり内部から「腐って」いき、百年後は緩く連邦を組んだりとか、そういうことになるのかも。
あ、書いてなかった。今回の目的は友人の結婚式参加のためでした。そこまで直接親しいわけじゃないけど、香港で、台北で、そして勿論東京で、いろんなものを一緒に食べたしね。おめでとう。
台湾の結婚式は・・・長い。そして歌う。いや、日本で言えば帝国ホテルみたいな格式あるホテルで開催されたこの結婚式は、おそらくかなり普通の台湾の結婚式よりもグレードは高いと思うし、「台湾の」といっていいのかよくわからないけど。
式はまず教会で二時間、新郎新婦が両方かなりのクリスチャンということもあり、双方の教会のクワイヤが歌い、なんかプロっぽい人が歌い、新郎母(!)が歌い。
で、場所をホテルに移して行われた宴は三時間以上。しかもそれ、出し物とかなくて(かろうじてゲームが二回)新郎がお色直しからなぜか歌いながら登場したり、デュエットしたり。あ、我々ほか、海外ゲストのためには両方同時通訳も入ってました。料理も台湾のホテル料理ってこういうのやろな!っていう豪華なもの。典型的なローストビーフとかから、台湾名産、そしてデザートはハーゲンダッツ(ブランドです)というね。
しかしそんな長いイベントだからか、トイレに出たら新郎は部屋の外で遊んでたり、本人なりには絶対緊張してはいたんだろうけど、なんかわりとほのぼのな感じ。よかった。
体調さえよければなー、パーフェクトにちかい週末だったと思うんだけど。慌ただしかったけど計画した以上に色々行けたしね。
しかしこれ、いつなおるんだろ(というか、明日会社・・・)
台湾に行ってきた。考えてみたら、多分最短。金曜の午後飛んで、日曜には帰国している。
僕は名うての台北きらいきらい主義者なんだけど、今回は素直になりましょう。結構楽しかったです。ただ一点、体調のことを除けば。
ここ数週間、微熱があるんだかないんだか状態が続いています。集中力に欠ける、でもなにか具体的な問題があるわけではない、という微妙さ。
でも旅行前から咳が出始めたりちょっとおかしくなりつつあって、念のためクスリをもってったのが結果的にはよかった。いや、よくないけど。
今回は集中治療室の人たちとで、総勢7人かな?みんなばらばらに入るし行動するし、かなりばらばら。でも食事はみんな集まる。まあそんな感じ。前も書いたけどこの人たち異常に英語力が高いのばっかりなんだけど相変わらず旅慣れてない。もたる。なぜ君たちはそうなんだ。まあ、生活したことがあるのと旅は違うんでしょうな。旅ってより団体行動自体が苦手って感じはあるが(基本みんな友達いないぽいし笑)。
食べ物は・・・好みもあるんだろうけど、僕が勧めたところは皆美味しく、誰かがガイドブックでみつけたとこは・・・お、おう、なかんじ。そんなもんだよな、こちとら地元民とかやったら行きまくってる食い道楽みたいなんに訊いてるわけで。
特に初日の自称四川料理は・・・席に通された瞬間カスってわかるやんけ、てかんじ。まあみんなでわいわい食べればそういうのあんま気にならんといえばそうだけど、お会計見てぴくぴくした。
ある同行者が「香港と台湾は近いといわれるけど、決定的な違いは香港は変化を受け入れ自身も変化するが、台湾は変わらないこと。ここ十年でなにも変わらず、恐らく次の十年もそうだろう」と。
僕は中国との関係において次の十年では何かが変わるのでは?と思ってはいるけど、言うことはわかる。彼らは中国にはなれない。しかし経済的には依存しないと生きていけない。そういう意味で、台湾は名目上はこのまま独立を保ち、ゆっくり内部から「腐って」いき、百年後は緩く連邦を組んだりとか、そういうことになるのかも。
あ、書いてなかった。今回の目的は友人の結婚式参加のためでした。そこまで直接親しいわけじゃないけど、香港で、台北で、そして勿論東京で、いろんなものを一緒に食べたしね。おめでとう。
台湾の結婚式は・・・長い。そして歌う。いや、日本で言えば帝国ホテルみたいな格式あるホテルで開催されたこの結婚式は、おそらくかなり普通の台湾の結婚式よりもグレードは高いと思うし、「台湾の」といっていいのかよくわからないけど。
式はまず教会で二時間、新郎新婦が両方かなりのクリスチャンということもあり、双方の教会のクワイヤが歌い、なんかプロっぽい人が歌い、新郎母(!)が歌い。
で、場所をホテルに移して行われた宴は三時間以上。しかもそれ、出し物とかなくて(かろうじてゲームが二回)新郎がお色直しからなぜか歌いながら登場したり、デュエットしたり。あ、我々ほか、海外ゲストのためには両方同時通訳も入ってました。料理も台湾のホテル料理ってこういうのやろな!っていう豪華なもの。典型的なローストビーフとかから、台湾名産、そしてデザートはハーゲンダッツ(ブランドです)というね。
しかしそんな長いイベントだからか、トイレに出たら新郎は部屋の外で遊んでたり、本人なりには絶対緊張してはいたんだろうけど、なんかわりとほのぼのな感じ。よかった。
体調さえよければなー、パーフェクトにちかい週末だったと思うんだけど。慌ただしかったけど計画した以上に色々行けたしね。
しかしこれ、いつなおるんだろ(というか、明日会社・・・)
まだ具体的なことは書けないけど(まあ別に匿名だしいいんだけどさ)、わりと人生変わるかもな指令が。望んでいた事ではあるけど、思ったよりずっと早かったしショートノーティス。望んでいたとはいえ、具体的に考えると色々悩むと言うか、考えることが色々あるというか。ま、何をやるかも知らされていないので具体的に悩むことなんか、ないんだけどね。
最近、人脈が多い人という扱いをされる事が多少増えた。映画の話もそうだし、例えばパリで起こっている事件の報道にも実は噛んでいたり、まあなんやかんやある。逆に「年末に記事書きたいから」と記者に情報提供を依頼されたりもする。
誰かを紹介してもらえるチャンスも増えた気がする。それはおそらく僕自身に多少の力が今ある、と評価されているからで、「この人を紹介しておこう」と思ってもらえているんだろう。ある意味これも、いいこと。
なんでこうなったのかと考えると、いままで相当ボランティアというか、調べものやってあげたりとか、当たり前だけど投資が生きてるなーと思います。ほんま見返りないのに色々やったもんな、やっぱそういうのが見返りになるんやな、うん。やっぱりそういうことはやっておくとよいんだと思います。別に誰に習ったわけじゃないけど。いや、仕事中とかにFBメッセでチャットしまくってるいいわけな。事実相手は記者だったり情報源だったりするわけなんだけど、まあ大半の内容は直接業務に関係はない(しかしそれがある日役に立ったりする)。
金曜は半休がとれたので、午後から温泉…と思ったらやっぱり?全然宿が空いて無くて、しょんぼりして地元のマッサージに行ったら施術してくれる人に「最近仙台に行って」って言われて話を聞いてたらそういえば仙台に友達がいる事を思い出して予定きいたら空いてて、おおと思っていきなり行ったりしました。近いな仙台。初でしたが、思ったより寒くなかった。
夜はその友人と食いつつ、二軒目からは大学の後輩(だいた)ちゃんも合流し、なんか色々お話しして楽しかったです。だいたは2年に1度くらいしか会わないけど、いつも楽しい。ええこっちゃ。
夜は寒すぎて起きたり翌日近くの温泉はまあたいしたことねえわ電車止まってて帰りが大変だわ色々ありましたが、まあ、そんなもんじゃないでしょうか。トータルたのしかった(あまり考えないようにしてるけど宿代かかってないのに金は結構かかった)。
一番驚いたのが、東京駅で改札くぐった所で呼び止められたこと。数日前に会った、NZから一時帰国中のマッサージ師(大学の同級生)でした。なんか里帰りしてた奥さんが東京に帰ってくるのを迎えに来たと言うんだけど、NZに住んでるやつに東京駅で会うなんてねー。
最近、人脈が多い人という扱いをされる事が多少増えた。映画の話もそうだし、例えばパリで起こっている事件の報道にも実は噛んでいたり、まあなんやかんやある。逆に「年末に記事書きたいから」と記者に情報提供を依頼されたりもする。
誰かを紹介してもらえるチャンスも増えた気がする。それはおそらく僕自身に多少の力が今ある、と評価されているからで、「この人を紹介しておこう」と思ってもらえているんだろう。ある意味これも、いいこと。
なんでこうなったのかと考えると、いままで相当ボランティアというか、調べものやってあげたりとか、当たり前だけど投資が生きてるなーと思います。ほんま見返りないのに色々やったもんな、やっぱそういうのが見返りになるんやな、うん。やっぱりそういうことはやっておくとよいんだと思います。別に誰に習ったわけじゃないけど。いや、仕事中とかにFBメッセでチャットしまくってるいいわけな。事実相手は記者だったり情報源だったりするわけなんだけど、まあ大半の内容は直接業務に関係はない(しかしそれがある日役に立ったりする)。
金曜は半休がとれたので、午後から温泉…と思ったらやっぱり?全然宿が空いて無くて、しょんぼりして地元のマッサージに行ったら施術してくれる人に「最近仙台に行って」って言われて話を聞いてたらそういえば仙台に友達がいる事を思い出して予定きいたら空いてて、おおと思っていきなり行ったりしました。近いな仙台。初でしたが、思ったより寒くなかった。
夜はその友人と食いつつ、二軒目からは大学の後輩(だいた)ちゃんも合流し、なんか色々お話しして楽しかったです。だいたは2年に1度くらいしか会わないけど、いつも楽しい。ええこっちゃ。
夜は寒すぎて起きたり翌日近くの温泉はまあたいしたことねえわ電車止まってて帰りが大変だわ色々ありましたが、まあ、そんなもんじゃないでしょうか。トータルたのしかった(あまり考えないようにしてるけど宿代かかってないのに金は結構かかった)。
一番驚いたのが、東京駅で改札くぐった所で呼び止められたこと。数日前に会った、NZから一時帰国中のマッサージ師(大学の同級生)でした。なんか里帰りしてた奥さんが東京に帰ってくるのを迎えに来たと言うんだけど、NZに住んでるやつに東京駅で会うなんてねー。
数か月前に泊まっていた宿の、わりと近くが今回舞台のひとつになった劇場(といってもライブハウスみたいな感じの使われ方のようだけど)。LGBTの時以上のスピードで「Pray for France」みたいなFBのプロフィール写真の色変えが進行中なのが、すこし鬱陶しい。
FBで「無辜の民を殺すなんて許せない」と書いた人がいた。復讐なら軍隊を狙うべきで、フェアではないと。僕はその人とは仲が良いし人として好きだけど、それは民主主義としての責任の所在を全く知らない、あまりに浅はかな考えだと思った(が、流石にそうは書けない)。
どこぞの漫画にあったように、実際に爆弾を落とし銃弾を撃ち込み、吹き飛ばし傷つけ嬲り殺すのは軍隊や彼らが使う兵器である事は間違いない。しかし、その意思は、軍隊独自のものではない。政府が承認し、指示したものだ。そしてその政府は民主主義国家においては国民の信任によって成り立っている。つまりそれらの行為は、国民の意思なのだ。自分が賛成票を投じていないとしても、過半数がそれを支持していれば従うと言うのが民主主義のはずで、責任は皆にある。だから「彼ら」の敵はフランスで、フランス軍ではない。民主主義なんてクソくらえだと思っている(かもしれない)彼らのほうが、よっぽどわかっているのではないかとさえ、思う。
ではそのフランス全体が敵だったとして、弱者を狙うのはアンフェアなのか?軍隊同士の戦争であると仮定すればそれもまた、感傷的すぎることはすぐにわかる。そもそも、戦争なんてお互いの数をそろえてやるものではない。300人で10万人と戦ったのは古代ギリシャだったかどこだったか忘れたけど、兎に角、もともとアンフェアなものだし、弱い所を狙うことは褒められこそすれ、非難されるべきものではない。
こういうことを書くと、戦争は一般庶民のいない戦場で行われるべき、みたいなことをいう人もいるんだけれども、それは(大概西欧諸国の)軍隊が戦場に出てこない事が原因であるという事も、理解する必要があると思う。ミサイルや無人機で戦場外から敵の兵士を殺す限り、自分もまた戦場の外から飛んできた弾に当たる可能性がある、というだけのこと。殺人である限りテロが罪深いことは言うまでもありませんが、それはシリアでISの兵士(や市民)が殺されていることとなんら違いはありません。あと、そもそもこの考え方は軍隊をバカにしているというか…なんか違和感あるんだよね。「勝手にやってろよ感」というか、巻き込まれたくないよ感というか。
あと、こういう話をすると冷たいっていう人もいるんだよね。それもなんか違って、大体その人も理屈や論理(ぽいもの)で攻めてきているのに、こちらにこういう反論をされ負けると論理的に答えを導こうというルール自体をつぶしにかかる。あれ、これのルールってそうでしたっけ?みたいな。
まあこのことに触れると「アベ政権が!日本が戦争に!」みたいなのの味方をしているように思われそうでそれも嫌なんだけど、でもまあ、そういうこと。
ちなみに僕は全然証拠も何もないながらにこれって本当にISなのかな?と思っています。むしろフランス国内でいじめられていたマイノリティによる復讐なんじゃないの?と。もちろんそのマイノリティはイスラムを含むし、おそらく重なるんだろうなと思いつつも。
FBで「無辜の民を殺すなんて許せない」と書いた人がいた。復讐なら軍隊を狙うべきで、フェアではないと。僕はその人とは仲が良いし人として好きだけど、それは民主主義としての責任の所在を全く知らない、あまりに浅はかな考えだと思った(が、流石にそうは書けない)。
どこぞの漫画にあったように、実際に爆弾を落とし銃弾を撃ち込み、吹き飛ばし傷つけ嬲り殺すのは軍隊や彼らが使う兵器である事は間違いない。しかし、その意思は、軍隊独自のものではない。政府が承認し、指示したものだ。そしてその政府は民主主義国家においては国民の信任によって成り立っている。つまりそれらの行為は、国民の意思なのだ。自分が賛成票を投じていないとしても、過半数がそれを支持していれば従うと言うのが民主主義のはずで、責任は皆にある。だから「彼ら」の敵はフランスで、フランス軍ではない。民主主義なんてクソくらえだと思っている(かもしれない)彼らのほうが、よっぽどわかっているのではないかとさえ、思う。
ではそのフランス全体が敵だったとして、弱者を狙うのはアンフェアなのか?軍隊同士の戦争であると仮定すればそれもまた、感傷的すぎることはすぐにわかる。そもそも、戦争なんてお互いの数をそろえてやるものではない。300人で10万人と戦ったのは古代ギリシャだったかどこだったか忘れたけど、兎に角、もともとアンフェアなものだし、弱い所を狙うことは褒められこそすれ、非難されるべきものではない。
こういうことを書くと、戦争は一般庶民のいない戦場で行われるべき、みたいなことをいう人もいるんだけれども、それは(大概西欧諸国の)軍隊が戦場に出てこない事が原因であるという事も、理解する必要があると思う。ミサイルや無人機で戦場外から敵の兵士を殺す限り、自分もまた戦場の外から飛んできた弾に当たる可能性がある、というだけのこと。殺人である限りテロが罪深いことは言うまでもありませんが、それはシリアでISの兵士(や市民)が殺されていることとなんら違いはありません。あと、そもそもこの考え方は軍隊をバカにしているというか…なんか違和感あるんだよね。「勝手にやってろよ感」というか、巻き込まれたくないよ感というか。
あと、こういう話をすると冷たいっていう人もいるんだよね。それもなんか違って、大体その人も理屈や論理(ぽいもの)で攻めてきているのに、こちらにこういう反論をされ負けると論理的に答えを導こうというルール自体をつぶしにかかる。あれ、これのルールってそうでしたっけ?みたいな。
まあこのことに触れると「アベ政権が!日本が戦争に!」みたいなのの味方をしているように思われそうでそれも嫌なんだけど、でもまあ、そういうこと。
ちなみに僕は全然証拠も何もないながらにこれって本当にISなのかな?と思っています。むしろフランス国内でいじめられていたマイノリティによる復讐なんじゃないの?と。もちろんそのマイノリティはイスラムを含むし、おそらく重なるんだろうなと思いつつも。
また英語(映画の話) /自己紹介が難しい
2015年11月3日 日常 最近、なぜか映画にまきこまれました。ここではあまり詳しく書けないんだけど、中国を舞台に外国人が撮った映画があって、それの日本語ローカライズ(本編字幕は別の人ね)とか、ヴィジュアルを担当させていただいたのです。それが名誉ある賞を獲ったりしたのですが、名前出ちゃってるので書けません。ざんねん。自慢したい。
で、その監督とやり取りするの結局全部英語だったんですよね、中国がらみの話なのに。やっぱり英語やなあ、という気持ちを新たにしたのでした。
今回もちろんノーギャラで、でも結構稼働してたんですけど、自分ではとてもやれてよかったと思っています。まだ小さなネットワークだけど、実は監督との間には(国籍的にも地理的にも様々な)色々な共通の友人がいて、今回はその人たちに助けられたというか…なんだろうねえこの気持ち。別に最終回じゃあるまいし、集大成なんていう気はないんだけど。
で、英語の話に戻るけど、何やら最近仕事の方でも海外案件が降ってきて英語使いまくりなのと、お嬢とも英語なので、なんか英語漬け…というとかっこいいけど、日々いてえな、と思いながら暮らしています。In terms ofとかをかっこよく使えると、レベルがまた一段上がるんだろうなあ…。
その監督との打ち上げは監督の出身の会社(ちゃ会社)のOBがたくさん来ていたんだけど、その人たちも当然年齢が相当行っているだけあってそれぞれが結構な地位にいらっしゃったりします。ふらっと来た人が某組織のとても偉い人だったりとかね。まあそうやって人脈になっていくのか、と思いつつも、そう簡単ではないんですけれども。
そういう場でね、僕はどう名乗っていいのかよくわからないのです。もちろん本業の事喋ってもいいけど別にいまの立場は仕事で来てるわけじゃないし、かといって別にアーティストとしてトラックレコードがあるわけでもない。「私は誰?」を簡単に言えない自分と言うのは我ながら好きだけど、限られた時間で相手に自分が価値がある人間だと見せつけるためにはそういったステレオタイプは有効というか、効率的ではありますよね。その辺のバランスをもっとうまい所に落としたいなと思ったりしました。
昨日は仕事関係のトレードショー視察に夕方から。男男女の3人で行ったんだけど途中で男が抜けちゃったので終わった後女の子と飲みに行く展開。で、色々話していたら「あの人苦手なんですよね。。道化さんがもし今日こなかったら2人はきついから断ってた」とかいわれて。僕とその同僚男は結構まあ話す方で、仲がいいとまではいかないまでもやりとりはある。わりとそつなく色々な人に対応できるから女の子に避けられるってのが想像つかないんだよね。当然気になるから理由を深掘ってみたけど、結構どうでも。。とはいわないけどそんな気にするほどでもなくね?みたいな理由で、女子はおそろしーなーと思ったのでした。
で、その監督とやり取りするの結局全部英語だったんですよね、中国がらみの話なのに。やっぱり英語やなあ、という気持ちを新たにしたのでした。
今回もちろんノーギャラで、でも結構稼働してたんですけど、自分ではとてもやれてよかったと思っています。まだ小さなネットワークだけど、実は監督との間には(国籍的にも地理的にも様々な)色々な共通の友人がいて、今回はその人たちに助けられたというか…なんだろうねえこの気持ち。別に最終回じゃあるまいし、集大成なんていう気はないんだけど。
で、英語の話に戻るけど、何やら最近仕事の方でも海外案件が降ってきて英語使いまくりなのと、お嬢とも英語なので、なんか英語漬け…というとかっこいいけど、日々いてえな、と思いながら暮らしています。In terms ofとかをかっこよく使えると、レベルがまた一段上がるんだろうなあ…。
その監督との打ち上げは監督の出身の会社(ちゃ会社)のOBがたくさん来ていたんだけど、その人たちも当然年齢が相当行っているだけあってそれぞれが結構な地位にいらっしゃったりします。ふらっと来た人が某組織のとても偉い人だったりとかね。まあそうやって人脈になっていくのか、と思いつつも、そう簡単ではないんですけれども。
そういう場でね、僕はどう名乗っていいのかよくわからないのです。もちろん本業の事喋ってもいいけど別にいまの立場は仕事で来てるわけじゃないし、かといって別にアーティストとしてトラックレコードがあるわけでもない。「私は誰?」を簡単に言えない自分と言うのは我ながら好きだけど、限られた時間で相手に自分が価値がある人間だと見せつけるためにはそういったステレオタイプは有効というか、効率的ではありますよね。その辺のバランスをもっとうまい所に落としたいなと思ったりしました。
昨日は仕事関係のトレードショー視察に夕方から。男男女の3人で行ったんだけど途中で男が抜けちゃったので終わった後女の子と飲みに行く展開。で、色々話していたら「あの人苦手なんですよね。。道化さんがもし今日こなかったら2人はきついから断ってた」とかいわれて。僕とその同僚男は結構まあ話す方で、仲がいいとまではいかないまでもやりとりはある。わりとそつなく色々な人に対応できるから女の子に避けられるってのが想像つかないんだよね。当然気になるから理由を深掘ってみたけど、結構どうでも。。とはいわないけどそんな気にするほどでもなくね?みたいな理由で、女子はおそろしーなーと思ったのでした。
演奏会 /仕事、楽しい?/事務屋 / ハードル /帰国欲求 (ホームシック)
2015年10月12日 日常 演奏会でした。いやー、後悔が残…りもしないか。まあ正直そこまで曲も好きではないし、気合いが入っていたとは言い難いんだけど、それにしたってひどかった。反省。
酷かった1は本番で、なんかメインを弾いてる時から既に集中力が全然なくなっていて、なんかこう自分をコントロールできていない感じで。いきなり頭に明日の仕事の(仕事のだよ?別に好きでもないのに…)やらなきゃいけないことが浮かんだりして、そのせいで楽譜のどこを弾いているのか自分で見失ったり…。
酷かった2は時系列逆だけど、練習量。反省しかないわ…今回の曲は結構譜面的には簡単で練習しなくてもついていけないのは一部、という程度だったのでみくびった…ということなのかな結果から言えば。いや全然意識的ではないんだけど家でほとんど練習できなかったし、みんなの合奏練習にもかなり欠席してしまった。もちろんというかなんというか仕事がクソほど忙しいっていうことは有ったんだけど。でもそれにしても…というか、正直途中で降りようと思ってたんだけど、なんとなく言い出せずに本番になってしまったという感じ。そういう意味で失礼なことしちゃったのかもね。
でも、久しぶりに(限定的にだけど)楽器を弾いて、あーやっぱいいなあとは思った、という点では感謝もあります。いやホント。
そんな感じで、多分3,4年ぶりの演奏会は終わったのでした。
次の話。
仕事、最近「楽しい?」って聞かれる機会が何回か有った。いやあ、つまんないっす。しかしつまんないメーターは高くなっても、それが嫌とか辞めたいとか、そういうのにはつながらないのね。これなんか面白い。
事務屋。上の話と関連するんだけど、なんかうちの会社の特殊性というか立ち位置というか、そういうものがようやくわかってきた気がする。いわゆる広告会社が求められているものと違う(資本関係とかで…)のはそうだろうなあと思ってたんだけど、「稟議上げる用の書類」を作る外注チームなんだわうちの会社。だから、それだけとは言わないけどそれを中心に作ってきたおかげで異常にクオリティの高い書類が作れるようになったんですね。本当にうちのプレゼン資料はきれいですもん。
それが悪い事と言う気はないんだけど、本当にアイディアを求められていない(出せれば尚可なんだろうけど、本来のポジションではない)ということをちゃんとわかる、もしくは割り切る必要があるなと思った。それがわかっていないと自分との期待もずれるから、不満にもなる。求められているものがわかっていてずれていなければ、逆に別に不満とかにはならない気がするんだよね。
これが本当に的を射ているかはわからないけど、今のところの実感。
ハードル。これは比較的クソな話。最近色々出会い系アプリってあるじゃないですか。ああいうのを遊びで試してみたんですけど、発狂するほど楽ですね。ランダム出会いが好きで(これはほんとね)いろんな手段を試していた僕ですが、この楽さは尋常じゃない。出会える可能性自体は大して高くないんだけど、その後がなんとイージーな…や、具体的には書きませんけど(別に書いてもいいんだろうけどさ)。
こういう風に崩壊されると、いよいよ異性関係におけるファンタジーが無くなってくる…というかもう本当に愛って何って世界ですよね。いや愛関係ないか。普通に友達として何でもできて、なおかつ普通に寝られる相手がいるなら固定の相手を捕まえることに合理的なプラスがあるとは思えない、っていう話ね。
元々僕はそういう感じだし、それのせいで変わったとは思わないんだけど、多くの人がこういうので出会い始めたらもう人類おわりかもね。会う相手も割と普通だし(いわゆるメンヘラとかではない)、僕がその後も暫く連絡取れてる相手も結構止めたりしてる。つまりそれに依存しているという感じでもなく、フラストレーション(ていうか欲求不満か、簡単に言って)の解消にこういうものを使ってるだけ。刹那的っちゃそうだけど、それの何が悪いのかと言われるとねえ。
ホームシックです。これは最近ずっとだけど、中国帰りたいーって思ってます。ホント異常者かよ俺って感じですが…まあこれは多分、働かなくてよかった日々が恋しいんでしょうね。そうに違いない…。
別件というか友達の結婚式で11月末には台湾行くことになりそう、あと年末はおそらく北京なんだよね。それまで耐えられるか…。今月忙しそうだしなあ、という感じです。
酷かった1は本番で、なんかメインを弾いてる時から既に集中力が全然なくなっていて、なんかこう自分をコントロールできていない感じで。いきなり頭に明日の仕事の(仕事のだよ?別に好きでもないのに…)やらなきゃいけないことが浮かんだりして、そのせいで楽譜のどこを弾いているのか自分で見失ったり…。
酷かった2は時系列逆だけど、練習量。反省しかないわ…今回の曲は結構譜面的には簡単で練習しなくてもついていけないのは一部、という程度だったのでみくびった…ということなのかな結果から言えば。いや全然意識的ではないんだけど家でほとんど練習できなかったし、みんなの合奏練習にもかなり欠席してしまった。もちろんというかなんというか仕事がクソほど忙しいっていうことは有ったんだけど。でもそれにしても…というか、正直途中で降りようと思ってたんだけど、なんとなく言い出せずに本番になってしまったという感じ。そういう意味で失礼なことしちゃったのかもね。
でも、久しぶりに(限定的にだけど)楽器を弾いて、あーやっぱいいなあとは思った、という点では感謝もあります。いやホント。
そんな感じで、多分3,4年ぶりの演奏会は終わったのでした。
次の話。
仕事、最近「楽しい?」って聞かれる機会が何回か有った。いやあ、つまんないっす。しかしつまんないメーターは高くなっても、それが嫌とか辞めたいとか、そういうのにはつながらないのね。これなんか面白い。
事務屋。上の話と関連するんだけど、なんかうちの会社の特殊性というか立ち位置というか、そういうものがようやくわかってきた気がする。いわゆる広告会社が求められているものと違う(資本関係とかで…)のはそうだろうなあと思ってたんだけど、「稟議上げる用の書類」を作る外注チームなんだわうちの会社。だから、それだけとは言わないけどそれを中心に作ってきたおかげで異常にクオリティの高い書類が作れるようになったんですね。本当にうちのプレゼン資料はきれいですもん。
それが悪い事と言う気はないんだけど、本当にアイディアを求められていない(出せれば尚可なんだろうけど、本来のポジションではない)ということをちゃんとわかる、もしくは割り切る必要があるなと思った。それがわかっていないと自分との期待もずれるから、不満にもなる。求められているものがわかっていてずれていなければ、逆に別に不満とかにはならない気がするんだよね。
これが本当に的を射ているかはわからないけど、今のところの実感。
ハードル。これは比較的クソな話。最近色々出会い系アプリってあるじゃないですか。ああいうのを遊びで試してみたんですけど、発狂するほど楽ですね。ランダム出会いが好きで(これはほんとね)いろんな手段を試していた僕ですが、この楽さは尋常じゃない。出会える可能性自体は大して高くないんだけど、その後がなんとイージーな…や、具体的には書きませんけど(別に書いてもいいんだろうけどさ)。
こういう風に崩壊されると、いよいよ異性関係におけるファンタジーが無くなってくる…というかもう本当に愛って何って世界ですよね。いや愛関係ないか。普通に友達として何でもできて、なおかつ普通に寝られる相手がいるなら固定の相手を捕まえることに合理的なプラスがあるとは思えない、っていう話ね。
元々僕はそういう感じだし、それのせいで変わったとは思わないんだけど、多くの人がこういうので出会い始めたらもう人類おわりかもね。会う相手も割と普通だし(いわゆるメンヘラとかではない)、僕がその後も暫く連絡取れてる相手も結構止めたりしてる。つまりそれに依存しているという感じでもなく、フラストレーション(ていうか欲求不満か、簡単に言って)の解消にこういうものを使ってるだけ。刹那的っちゃそうだけど、それの何が悪いのかと言われるとねえ。
ホームシックです。これは最近ずっとだけど、中国帰りたいーって思ってます。ホント異常者かよ俺って感じですが…まあこれは多分、働かなくてよかった日々が恋しいんでしょうね。そうに違いない…。
別件というか友達の結婚式で11月末には台湾行くことになりそう、あと年末はおそらく北京なんだよね。それまで耐えられるか…。今月忙しそうだしなあ、という感じです。
Seasons in Abyss(真)
2015年9月23日 日常 2005年に実はおなじネタを使ってるんですが、地獄でした。
ちょっと前に書いたように、出発前にやらかしたんですよね。で、その後始末をしながらの旅行だったんですが…帰ったあとがまた大変で、他のプレゼン案件とかと重なるもんだから、土日当然、平日のほとんどをタクシー帰り…しかも1時とかではなく3時半に就寝できると早いな…みたいな。で、朝普通に。いやー、普通に体がつらいっすね。しかも結構Excel仕事だから、ねむいと計算あわなくなってくるし、効率わるいね。まあ締切があるから効率とかいってらんないんだけど。
で、すごく体はつらかったんですが、でも逆に思ったのはつらいのは体だけなんですよね。まあ責任問題があったのでその意味では心も結構プレッシャーあったけど、言ったらなんだけどやらかしたのは下請けで所詮は管理不行き届きだし、なによりも前の会社みたいに鬼パワハラないし、残業代まで入るしね…という。いやこの考え方が健康的なのかはおいといて、全然行けるな、というのが感想でした。ただ繰り返しだけど生産性は低くて懲罰的な意味合いでしかないよね。
まあでも、今回ほど「一回やったこのミスは絶対にもうやらない」というのを肝に銘じた出来事は自分の仕事人生ではじめてです。よく言葉では言うんだけど、結局のど元過ぎれば、じゃないですか。今回は多分忘れません。実際上の損害はたいしたことないのに、ここまで他の案件とめて謝って云々って…なかなかです。もうやりたくない。
仕事の話、終わり。まあシルバーウィークの終わりと共にこの案件はほぼ終わりだし。
最近(といっても少しロングスパンで)、周りに妊娠出産が超多いです。昨日も高校同級生のSUと旦那と三人だったんだけどここも来月末、会社の同期の超絶リア充もたしか11月とか予定だし、前の会社でお世話になった人も7月末くらいに生まれたし。ま、そんな年なんでしょうね。自分には何もないけど。
あ、何もないと言えば最近(これもここ2か月とか中程度のスパンね)立て続けに女性関係で色々あって、なんかさらに割り切れてきたというか、どうでもよくなってきました。いや別に嫌な思いをしたとかではなく、なんだろうなあ、口説いたり付き合ったりに元々たいした思い入れはなかったのが、さらにこじらせたって感じかな。
賞金がたいしたことなくても、勝つと名誉なレースってあるじゃないですか。別に実際の利益はないけどすごく激しい競争で、勝てば名誉があるから出場みたいな。もしその競争が実は全然難しくなくて楽勝だとするとどうなんでしょうね、それでも出場する気になるのかな。。ま、例えの話ですが。
そういえば10月は国慶節という中国の大型連休なんですが、なぜかその後くらいに何人か知り合いが日本に来るらしい、というのを聞きまして(やっぱ連休高いのかな)。なんか今年に入って、両親を観光のために呼び寄せる中国人激増なんですよね。いまも一組北海道にいるし。やっぱりビザ緩和なのかな。なんか「やっとビザがとれた!」とか投稿してるの見るとちょっとほのぼのしちゃうよね。
9月も終わりに近づき(もうかよ!)年末までなんとなく旅程が見えてきた感じ。楽しい年でありますように。
ちょっと前に書いたように、出発前にやらかしたんですよね。で、その後始末をしながらの旅行だったんですが…帰ったあとがまた大変で、他のプレゼン案件とかと重なるもんだから、土日当然、平日のほとんどをタクシー帰り…しかも1時とかではなく3時半に就寝できると早いな…みたいな。で、朝普通に。いやー、普通に体がつらいっすね。しかも結構Excel仕事だから、ねむいと計算あわなくなってくるし、効率わるいね。まあ締切があるから効率とかいってらんないんだけど。
で、すごく体はつらかったんですが、でも逆に思ったのはつらいのは体だけなんですよね。まあ責任問題があったのでその意味では心も結構プレッシャーあったけど、言ったらなんだけどやらかしたのは下請けで所詮は管理不行き届きだし、なによりも前の会社みたいに鬼パワハラないし、残業代まで入るしね…という。いやこの考え方が健康的なのかはおいといて、全然行けるな、というのが感想でした。ただ繰り返しだけど生産性は低くて懲罰的な意味合いでしかないよね。
まあでも、今回ほど「一回やったこのミスは絶対にもうやらない」というのを肝に銘じた出来事は自分の仕事人生ではじめてです。よく言葉では言うんだけど、結局のど元過ぎれば、じゃないですか。今回は多分忘れません。実際上の損害はたいしたことないのに、ここまで他の案件とめて謝って云々って…なかなかです。もうやりたくない。
仕事の話、終わり。まあシルバーウィークの終わりと共にこの案件はほぼ終わりだし。
最近(といっても少しロングスパンで)、周りに妊娠出産が超多いです。昨日も高校同級生のSUと旦那と三人だったんだけどここも来月末、会社の同期の超絶リア充もたしか11月とか予定だし、前の会社でお世話になった人も7月末くらいに生まれたし。ま、そんな年なんでしょうね。自分には何もないけど。
あ、何もないと言えば最近(これもここ2か月とか中程度のスパンね)立て続けに女性関係で色々あって、なんかさらに割り切れてきたというか、どうでもよくなってきました。いや別に嫌な思いをしたとかではなく、なんだろうなあ、口説いたり付き合ったりに元々たいした思い入れはなかったのが、さらにこじらせたって感じかな。
賞金がたいしたことなくても、勝つと名誉なレースってあるじゃないですか。別に実際の利益はないけどすごく激しい競争で、勝てば名誉があるから出場みたいな。もしその競争が実は全然難しくなくて楽勝だとするとどうなんでしょうね、それでも出場する気になるのかな。。ま、例えの話ですが。
そういえば10月は国慶節という中国の大型連休なんですが、なぜかその後くらいに何人か知り合いが日本に来るらしい、というのを聞きまして(やっぱ連休高いのかな)。なんか今年に入って、両親を観光のために呼び寄せる中国人激増なんですよね。いまも一組北海道にいるし。やっぱりビザ緩和なのかな。なんか「やっとビザがとれた!」とか投稿してるの見るとちょっとほのぼのしちゃうよね。
9月も終わりに近づき(もうかよ!)年末までなんとなく旅程が見えてきた感じ。楽しい年でありますように。
これを書くために見直していて、前回パリにいった2010年にはパリに一言も触れていないことに気付く。フランクフルトへの不満は書いていると言うのに…ごめんパリ。結構好きだったよ。
まあ前回書いたようなアクシデントがあり、ちょっと長くなったパリでした。本当は1.5日の予定が、2日強。次の日からは狗様がご案内下さるという事で思い切って初日はお土産&買い物デーに。ベルリンで楽しかった古着屋回り、香水屋、土産物屋というか雑貨屋、あと散歩などなど。。。
前の晩からチャージする時間がなかったもので携帯の充電がかなりやばやばで、自然あまり画面を見ずに迷い気味に散歩したんだけど、ベルリンとパリは本当にぜんぜん違いますね、街並み。バルセロナとベルリンの街並みが似てておえって話は書いたけど、パリには全然それがない。なんか景観条例的なものが昔からあるようで、それの影響でしょうね。別に観光都市としてそういうことをしたというより、もっとシンプルな美意識なんでしょうけれども。
久しぶりに会った狗様は相変わらずでもあり、物足りなくもあり。なんなんでしょう。昔はもっと議論ふっかけてきた感じがしたんですけど、全然。彼女が変わったのか、僕が変わったのか…後者の可能性もきっとあると思うんだけどね。どうでしょう。
そういう意味も含めて若干方向性が変わったように感じたけど、何がそれをもたらしたかはわからないし、どう変わったかも(いいのか、悪いのかも含めて)わかるところまではいきませんでした。ううむ。もうすぐ帰国されるので、また飯でも食いながら長く話せば、色々わかることもあるのかもしれません。
今回ヨーロッパに久しぶりに(出張はノーカンな!)行って、やっぱアメリカの方が好きかなというのが率直な感想。イタリアの一部はやっぱりとても好きだし、まだ行ったことのない、そして今回行きそびれたスコットランドやフランスの田舎に行ってみたいという気持ちは強いけど…なんだろう、NYやSFにいる時の感覚とは全く違う。ていうか東と西海岸一緒にすんなって話だけどさ…。
ヨーロッパは5年に一回でよくて、アメリカは2年に一回くらいいきたいなー、というような感じでしょうか。ていうか長期出張でタイにいけるって話、本当にあるんだろうか。それもすごく楽しみだ。本当に長くは行きたくないけど…数か月とかなら楽しそう。
ということで今後の旅計画は今のところ、理想的に行けば年末は中国、来年初頭はタイでその間にSGに遊びに行き、年央から中国生活、国慶節とかでNZとかでしょうか。US行きたいけどどうだろうなー、あとカリブ。なーんて、鬼が爆笑するかもね。
うーん、パリ、中身薄いな。オバマが行ったと言われるカジュアルなビストロはたいしてうまくもなく…ああ深夜に情けない大事件を起こしたんだけどこれは情けなさ過ぎるので封印。好きなんだけどね、パリ。
まあ前回書いたようなアクシデントがあり、ちょっと長くなったパリでした。本当は1.5日の予定が、2日強。次の日からは狗様がご案内下さるという事で思い切って初日はお土産&買い物デーに。ベルリンで楽しかった古着屋回り、香水屋、土産物屋というか雑貨屋、あと散歩などなど。。。
前の晩からチャージする時間がなかったもので携帯の充電がかなりやばやばで、自然あまり画面を見ずに迷い気味に散歩したんだけど、ベルリンとパリは本当にぜんぜん違いますね、街並み。バルセロナとベルリンの街並みが似てておえって話は書いたけど、パリには全然それがない。なんか景観条例的なものが昔からあるようで、それの影響でしょうね。別に観光都市としてそういうことをしたというより、もっとシンプルな美意識なんでしょうけれども。
久しぶりに会った狗様は相変わらずでもあり、物足りなくもあり。なんなんでしょう。昔はもっと議論ふっかけてきた感じがしたんですけど、全然。彼女が変わったのか、僕が変わったのか…後者の可能性もきっとあると思うんだけどね。どうでしょう。
そういう意味も含めて若干方向性が変わったように感じたけど、何がそれをもたらしたかはわからないし、どう変わったかも(いいのか、悪いのかも含めて)わかるところまではいきませんでした。ううむ。もうすぐ帰国されるので、また飯でも食いながら長く話せば、色々わかることもあるのかもしれません。
今回ヨーロッパに久しぶりに(出張はノーカンな!)行って、やっぱアメリカの方が好きかなというのが率直な感想。イタリアの一部はやっぱりとても好きだし、まだ行ったことのない、そして今回行きそびれたスコットランドやフランスの田舎に行ってみたいという気持ちは強いけど…なんだろう、NYやSFにいる時の感覚とは全く違う。ていうか東と西海岸一緒にすんなって話だけどさ…。
ヨーロッパは5年に一回でよくて、アメリカは2年に一回くらいいきたいなー、というような感じでしょうか。ていうか長期出張でタイにいけるって話、本当にあるんだろうか。それもすごく楽しみだ。本当に長くは行きたくないけど…数か月とかなら楽しそう。
ということで今後の旅計画は今のところ、理想的に行けば年末は中国、来年初頭はタイでその間にSGに遊びに行き、年央から中国生活、国慶節とかでNZとかでしょうか。US行きたいけどどうだろうなー、あとカリブ。なーんて、鬼が爆笑するかもね。
うーん、パリ、中身薄いな。オバマが行ったと言われるカジュアルなビストロはたいしてうまくもなく…ああ深夜に情けない大事件を起こしたんだけどこれは情けなさ過ぎるので封印。好きなんだけどね、パリ。
ブルゴーニュにいるはずでは?
2015年9月2日 非日常 旅をしていると、たまにピンチに陥ります。で、昨日もまた大きなピンチを迎えたんですが、その時に思ったのは「なぜ旅をするのか、何を得られると考えているのか」みたいなよくある質問にたいして、そもそもヘタレな僕が「やらなきゃしぬ」という状況に自分を追い込めるというのがひとつあるなあ、と思ったのでした。
そもそもの予定はこうでした。夜ベルリン発、ケルン乗換でパリに朝9時頃着。そこからちょっとローカル線で移動後リヨン駅からディジョン(ブルゴーニュの中心)に1時間強、お昼ごろには到着。
しかし現実は甘くないのです。ベルリン発は24時過ぎ、前日余裕ぶっこいて22時すぎに悠々と出て、駅へ。普通は中央駅が多いようなんだけどなにかきいたことない駅出発で若干不安…から悲劇の始まりでした。中央駅だったらどこに駅員いるかもわかるんだけど、その駅なんか「中央駅できて役割を終えかけてるけど終えきってない」雰囲気ぷんぷんのさびれっぷりでデカいだけ、職員が(深夜ってこともあり)どこにもいない。駅員室みたいなのもどこにあるか不明。
でもまあ、乗れればよかったんですよ乗れれば。1時間以上前に着いたけどなんかあったらいやだなと思ってずっとホーム待機してたんですね。で、定刻になってもこないからおかしいなーと思って5分くらいしてまた電光掲示板みたら、次の電車の予定が表示されてるですよ…あれは焦った。ホームに座ってて来た電車に気付かないってどんだけぼんくらなんだよっていう…。
で慌ててホテルの部屋探したりこの後の時間で朝パリにつける方法考えたり…色々してとりあえずホームから上がったら、あがったところにまた別の電光掲示板があってその駅発の全部の便が書いてあって、とっくに決まった時間は過ぎたのに、僕ののるはずだった電車がまだ表示されている。ということはもしかしてこれ来てないパターン…?とおもったものの表示が全部ドイツ語なので意味不明、しかもなんかかすれてるから翻訳も不可能。結局ちょっとそこで待ってたらおにいちゃんが通りかかったんで教えてもらったら「約80分遅れるって書いてあるよ☆」と…80分って…。
まあ、訳80分本当に遅れてきました。ホームの掲示板はあくまで次の一本しか表示されないのでそれで発生した疑念ではあるんだけど…ううむ。勝手に何らかの事情でキャンセルとかかと思ったよ。
で、めでたしめでたしと思うじゃないですか。違いました。来たのがそれだけ遅れると当然到着も遅れるわけで…ケルンで乗るはずだった電車はもういってしまっていて、しかもその電車は運行会社が僕が乗ってきたやつと別だからまた話がややこしい。
まず乗ってきた方の会社に「おいこら」って言いに行ったらカウンターの超ホモっぽい白人にあからさまな嫌がらせを受けて(こういうの珍しいっす)英語が下手なふりとかされてこちらは切れて"you know? Im talking about compensation(わかってる?いま君がどうやって補償してくれるかについて話してるんだけど)"みたいな応酬があり。
結局いやいや発行してくれた遅延証明的な書類(ドイツ語のため意味不明)を乗り継ぎ先のほうの会社に持って行ったらよく理解してくれなくて全部いちから説明して、「ああわかった」といってとってくれたのは当初の1時間半遅れの…まあこれは彼らの責任じゃないけど。
で、ホームでこの紙を見せなさいという有難いお札を貰って電車に乗ろうとしたら「おまえのチケットはセミフレックスだから直前で変更とかできないよ?ほらまだシステムに反映されてないし」とか言われて乗車拒否されそうになり、ねばってねばって乗せてもらい(もらった紙の「裏側」に張られたシールが再発行のオーソライズのためのシールだったようで、それ見せたらすごくすんなり)、ようやくパリに着いたのは予定の3時間あと。
しかもパリからディジョンまでの時間やらなんやら考えるといくのはどう考えても得策ではなく、結局涙をのんでキャンセルしたのでした。宿代とか全かぶりな。ざんねんでした。
パリ編はそれはそれで長くなりそうなので、今日はここまで。
そもそもの予定はこうでした。夜ベルリン発、ケルン乗換でパリに朝9時頃着。そこからちょっとローカル線で移動後リヨン駅からディジョン(ブルゴーニュの中心)に1時間強、お昼ごろには到着。
しかし現実は甘くないのです。ベルリン発は24時過ぎ、前日余裕ぶっこいて22時すぎに悠々と出て、駅へ。普通は中央駅が多いようなんだけどなにかきいたことない駅出発で若干不安…から悲劇の始まりでした。中央駅だったらどこに駅員いるかもわかるんだけど、その駅なんか「中央駅できて役割を終えかけてるけど終えきってない」雰囲気ぷんぷんのさびれっぷりでデカいだけ、職員が(深夜ってこともあり)どこにもいない。駅員室みたいなのもどこにあるか不明。
でもまあ、乗れればよかったんですよ乗れれば。1時間以上前に着いたけどなんかあったらいやだなと思ってずっとホーム待機してたんですね。で、定刻になってもこないからおかしいなーと思って5分くらいしてまた電光掲示板みたら、次の電車の予定が表示されてるですよ…あれは焦った。ホームに座ってて来た電車に気付かないってどんだけぼんくらなんだよっていう…。
で慌ててホテルの部屋探したりこの後の時間で朝パリにつける方法考えたり…色々してとりあえずホームから上がったら、あがったところにまた別の電光掲示板があってその駅発の全部の便が書いてあって、とっくに決まった時間は過ぎたのに、僕ののるはずだった電車がまだ表示されている。ということはもしかしてこれ来てないパターン…?とおもったものの表示が全部ドイツ語なので意味不明、しかもなんかかすれてるから翻訳も不可能。結局ちょっとそこで待ってたらおにいちゃんが通りかかったんで教えてもらったら「約80分遅れるって書いてあるよ☆」と…80分って…。
まあ、訳80分本当に遅れてきました。ホームの掲示板はあくまで次の一本しか表示されないのでそれで発生した疑念ではあるんだけど…ううむ。勝手に何らかの事情でキャンセルとかかと思ったよ。
で、めでたしめでたしと思うじゃないですか。違いました。来たのがそれだけ遅れると当然到着も遅れるわけで…ケルンで乗るはずだった電車はもういってしまっていて、しかもその電車は運行会社が僕が乗ってきたやつと別だからまた話がややこしい。
まず乗ってきた方の会社に「おいこら」って言いに行ったらカウンターの超ホモっぽい白人にあからさまな嫌がらせを受けて(こういうの珍しいっす)英語が下手なふりとかされてこちらは切れて"you know? Im talking about compensation(わかってる?いま君がどうやって補償してくれるかについて話してるんだけど)"みたいな応酬があり。
結局いやいや発行してくれた遅延証明的な書類(ドイツ語のため意味不明)を乗り継ぎ先のほうの会社に持って行ったらよく理解してくれなくて全部いちから説明して、「ああわかった」といってとってくれたのは当初の1時間半遅れの…まあこれは彼らの責任じゃないけど。
で、ホームでこの紙を見せなさいという有難いお札を貰って電車に乗ろうとしたら「おまえのチケットはセミフレックスだから直前で変更とかできないよ?ほらまだシステムに反映されてないし」とか言われて乗車拒否されそうになり、ねばってねばって乗せてもらい(もらった紙の「裏側」に張られたシールが再発行のオーソライズのためのシールだったようで、それ見せたらすごくすんなり)、ようやくパリに着いたのは予定の3時間あと。
しかもパリからディジョンまでの時間やらなんやら考えるといくのはどう考えても得策ではなく、結局涙をのんでキャンセルしたのでした。宿代とか全かぶりな。ざんねんでした。
パリ編はそれはそれで長くなりそうなので、今日はここまで。
というわけでベルリン編です。今回金がないのに欧州なんかに来ちゃったのはマイルがたまっていたからで、そういう意味では昨日散々恨み節だった欧州出張にも感謝しなければいけないのかもしれません(会社の金だったので正規で行ったんでマイル100%加算)。
さておき。でもマイル使える便って限られてて、ANAって別にドイツ強くないし…ということで結局名古屋からしか便がなかったので、木曜夜まで仕事をして深夜バスに飛び乗り、まずは国内移動からなのでした。夜行って疲れるからちょっと高めのにしたんだけどこれは正解。結構寝れました…といっても3時間とか4時間とかそんなもんだけど。んで着いてみるとまた特急が事故か何かで止まっててひやひやしつつ、まあなんとか滑り込み。ルフト運航のフライトはまあ快適(ただし飯がげろまず)、映画もそこそこ見たし、まーそんなもんでしょう。ただ機材とかちゃんと見てないけど、シートピッチはゲロせまだったような。フランクフルトからベルリンのフライト乗換も自力だったんだけど余裕見たし問題なし。
今回も宿はAir BnB。いままでロス、北京、上海で使ってて一度も問題なく、逆に結構面白い家主と会えたので今回もここから探しました。価格的にはそこまで安くないんだけど(提示価格は安いけど、短いと清掃料とか手数料が重くなるので結局安宿とかわらん)、思ったけど家主の知識使い放題なのと、あと地味にチェックアウト時間が自由(基本その日が終わるまでOK)なのが僕みたいに「今日は夜行で動くんで」とかいう人には便利ですね。もちろんホテルでも荷物とかは預かってくれるけど昼寝はできないからな…。ていうか今もそれを享受して「今晩10時くらいにここでるわ」とか言って居座ってます。もうすぐ9時。
今回の家主はぬぼーっとした若者で、基本ほっといてくれる…どころか僕を置いて旅に出てしまいました笑。自由やなあ。というわけで、そんな広くはないにしろ、3部屋くらいある家を自由に占拠して暮らしております。
もしベルリンにいくことがあるなら、中央駅近くに泊まる一択だと思います。中央駅はほとんどの路線が乗り入れていてバスもあるし、何より主な観光地は普通の人でもちょい無理すれば徒歩圏です。
というのは、結局ベルリンってすごくおおざっぱにいうとナチス関係か冷戦関係しかないんですよね、見るものが。実は新しい街らしく、ひとつ大きな教会があるくらい(「くらい」とか言ったけどほおと思う規模ではありますよ)で歴史的建造物を見るって感じじゃない。となるとナチス関係は結局官庁街みたいにまとまっていたから見どころもまとまるし、偶然壁関係で一番有名なチェックポイントチャーリーもその近くだし。
ちょっと離れたところとしてウェストサイドギャラリーが壁関係として上がりますが、どうやらざっと調べたところ、実際には壁ではあったものの東西を隔てるものではなく、ソビエトの統治区と西を隔てるものだったとか(ちゃんとは調べてないです)。
あと、ナチス関係といってもそこまで数は多くないです。まあ誇れるものでもなし、でも観光資源他にないしな…という気持ちの葛藤が見えるというといいすぎでしょうか。気になる人は一定数いるから日本語でもそれなりに情報は集まるんだけどそれも適当だし。
今回探そうと思って苦労したのはまず宣伝省跡。建物は残ってるんだけど「ウィルヘルム通り沿い」というwikipedia情報を鵜呑みにしてまずわからず、そのページの中に「マウアー通り沿い」というキャプションと共に写真が入っていたからとマウアー通りを見てもなく困ったわけなんですが、実はその間の脇道にあるんですよ。ウィルヘルムは完全にウソ…とまではいわないけど面してはいない。北朝鮮大使館の向いの横道を入る、と思うと間違えないでしょう。
そう、北朝鮮大使館があるんですよ。まあ旧東ならあるか…そしてそれが旧宣伝省と向かい合ってるという微妙な皮肉。通りを挟んでるんですが、その通りには地下鉄の出口が。アクセス良いぜ北朝鮮。
あと探そうとして苦労したのが総統官邸。これはぶっこわされちゃってる上にまたこれも番地が「77番」って民家やんけ。みたいな。で、映画「最後の12日間」でも出てくる総統地下壕もナショナルジオグラフィックの記事を元に「駐車場になっとる!」ってことは書いてあるんだけど、どこをどう調べても番地が出てこない。英語で調べたらあるのかもだけど、日本語の記事は個人のブログを含め、トップいくつかにはちゃんとした場所の情報がありません。なんつーハードモード。ドイツ語でGoogle Mapで「Führerbunker(総統地下壕)」と検索すると出てきます。でも本当に地下壕の歴史?と部屋割りを説明する看板しかなかった。
あとはゲシュタポ関係は、こまかく読むと解説あるのかな…トポロジーオブテラーという場所がゲシュタポ本部跡地っぽいんだけど、これも公式には…あったのかな?説明がなかったような。
で、他には壁関係…以外だと文化っぽいものはテクノ系は色々あったりするみたいなんだけど(あと当然クラシック)、服とか小物、食はあんまりな気がした。まあドイツで食を求めるなってな…。土地柄なのか中華街はなくアジア系はかなり少ない、逆にトルコ中東がかなり多いです。フランスかよ、みたいな。黒人はそんなに目立たないかな。
服については古着屋めぐりが地味に楽しかった…とはいえここはドイツ、みんなでかいのでメンズは結構色々きつい…ユニセックスなレディースをいくつか買いました。なんとなく他の目が気になるけどほら僕旅行者ですし。うん。でも古着というとニューヨークの最強、そして不動産屋と同じ名前のCentury21が最強すぎてね…量も質もあそこと比べるとどこもなんの感動もないわ。ごめん。
あーハッケシャーマルクトの中のチョコ屋さんの変形盛り上がり板チョコは気になったね。ちょっとあのまま割らずに持ち帰れる自信がまったくなかったのであきらめたけど…。
すくなくとも
http://infodich.com/archives/2964
であげられてる23か所は(温泉とかは意味不明だけど)大体いけます(美術館とかライヒスタークとか見学ものに数時間かけてたらむりだけど)。
さておき。でもマイル使える便って限られてて、ANAって別にドイツ強くないし…ということで結局名古屋からしか便がなかったので、木曜夜まで仕事をして深夜バスに飛び乗り、まずは国内移動からなのでした。夜行って疲れるからちょっと高めのにしたんだけどこれは正解。結構寝れました…といっても3時間とか4時間とかそんなもんだけど。んで着いてみるとまた特急が事故か何かで止まっててひやひやしつつ、まあなんとか滑り込み。ルフト運航のフライトはまあ快適(ただし飯がげろまず)、映画もそこそこ見たし、まーそんなもんでしょう。ただ機材とかちゃんと見てないけど、シートピッチはゲロせまだったような。フランクフルトからベルリンのフライト乗換も自力だったんだけど余裕見たし問題なし。
今回も宿はAir BnB。いままでロス、北京、上海で使ってて一度も問題なく、逆に結構面白い家主と会えたので今回もここから探しました。価格的にはそこまで安くないんだけど(提示価格は安いけど、短いと清掃料とか手数料が重くなるので結局安宿とかわらん)、思ったけど家主の知識使い放題なのと、あと地味にチェックアウト時間が自由(基本その日が終わるまでOK)なのが僕みたいに「今日は夜行で動くんで」とかいう人には便利ですね。もちろんホテルでも荷物とかは預かってくれるけど昼寝はできないからな…。ていうか今もそれを享受して「今晩10時くらいにここでるわ」とか言って居座ってます。もうすぐ9時。
今回の家主はぬぼーっとした若者で、基本ほっといてくれる…どころか僕を置いて旅に出てしまいました笑。自由やなあ。というわけで、そんな広くはないにしろ、3部屋くらいある家を自由に占拠して暮らしております。
もしベルリンにいくことがあるなら、中央駅近くに泊まる一択だと思います。中央駅はほとんどの路線が乗り入れていてバスもあるし、何より主な観光地は普通の人でもちょい無理すれば徒歩圏です。
というのは、結局ベルリンってすごくおおざっぱにいうとナチス関係か冷戦関係しかないんですよね、見るものが。実は新しい街らしく、ひとつ大きな教会があるくらい(「くらい」とか言ったけどほおと思う規模ではありますよ)で歴史的建造物を見るって感じじゃない。となるとナチス関係は結局官庁街みたいにまとまっていたから見どころもまとまるし、偶然壁関係で一番有名なチェックポイントチャーリーもその近くだし。
ちょっと離れたところとしてウェストサイドギャラリーが壁関係として上がりますが、どうやらざっと調べたところ、実際には壁ではあったものの東西を隔てるものではなく、ソビエトの統治区と西を隔てるものだったとか(ちゃんとは調べてないです)。
あと、ナチス関係といってもそこまで数は多くないです。まあ誇れるものでもなし、でも観光資源他にないしな…という気持ちの葛藤が見えるというといいすぎでしょうか。気になる人は一定数いるから日本語でもそれなりに情報は集まるんだけどそれも適当だし。
今回探そうと思って苦労したのはまず宣伝省跡。建物は残ってるんだけど「ウィルヘルム通り沿い」というwikipedia情報を鵜呑みにしてまずわからず、そのページの中に「マウアー通り沿い」というキャプションと共に写真が入っていたからとマウアー通りを見てもなく困ったわけなんですが、実はその間の脇道にあるんですよ。ウィルヘルムは完全にウソ…とまではいわないけど面してはいない。北朝鮮大使館の向いの横道を入る、と思うと間違えないでしょう。
そう、北朝鮮大使館があるんですよ。まあ旧東ならあるか…そしてそれが旧宣伝省と向かい合ってるという微妙な皮肉。通りを挟んでるんですが、その通りには地下鉄の出口が。アクセス良いぜ北朝鮮。
あと探そうとして苦労したのが総統官邸。これはぶっこわされちゃってる上にまたこれも番地が「77番」って民家やんけ。みたいな。で、映画「最後の12日間」でも出てくる総統地下壕もナショナルジオグラフィックの記事を元に「駐車場になっとる!」ってことは書いてあるんだけど、どこをどう調べても番地が出てこない。英語で調べたらあるのかもだけど、日本語の記事は個人のブログを含め、トップいくつかにはちゃんとした場所の情報がありません。なんつーハードモード。ドイツ語でGoogle Mapで「Führerbunker(総統地下壕)」と検索すると出てきます。でも本当に地下壕の歴史?と部屋割りを説明する看板しかなかった。
あとはゲシュタポ関係は、こまかく読むと解説あるのかな…トポロジーオブテラーという場所がゲシュタポ本部跡地っぽいんだけど、これも公式には…あったのかな?説明がなかったような。
で、他には壁関係…以外だと文化っぽいものはテクノ系は色々あったりするみたいなんだけど(あと当然クラシック)、服とか小物、食はあんまりな気がした。まあドイツで食を求めるなってな…。土地柄なのか中華街はなくアジア系はかなり少ない、逆にトルコ中東がかなり多いです。フランスかよ、みたいな。黒人はそんなに目立たないかな。
服については古着屋めぐりが地味に楽しかった…とはいえここはドイツ、みんなでかいのでメンズは結構色々きつい…ユニセックスなレディースをいくつか買いました。なんとなく他の目が気になるけどほら僕旅行者ですし。うん。でも古着というとニューヨークの最強、そして不動産屋と同じ名前のCentury21が最強すぎてね…量も質もあそこと比べるとどこもなんの感動もないわ。ごめん。
あーハッケシャーマルクトの中のチョコ屋さんの変形盛り上がり板チョコは気になったね。ちょっとあのまま割らずに持ち帰れる自信がまったくなかったのであきらめたけど…。
すくなくとも
http://infodich.com/archives/2964
であげられてる23か所は(温泉とかは意味不明だけど)大体いけます(美術館とかライヒスタークとか見学ものに数時間かけてたらむりだけど)。
5年ぶりの欧州…と思ってたら、実は去年来てましたの巻。
今回何より驚いたというか…まあ、驚いたのは、やっぱ俺本当にきつかったんだなあの出張(http://42583.diarynote.jp/201403020149564649/ )ということ。結局詳しく書いてないけど、この帰りの飛行機で僕は「この会社にいたらおかしくなる」と思って本格的にスイッチが入ったのです。だって、こと仕事に関していえば結構精神的にはタフ(というか鈍感)な僕がフライトの間ずっとお腹痛かったですからね。で、着いた翌日の上司の上司への報告後に「異動させてもらえなかったら辞めます」と言ったのでした。
で、何が今回につながるかというと。まず結構自分の中で「行った」という事自体カウントされていないという事(まあこれは出張だったということもある)。自然に「5年ぶりだなあ」とか言っちゃって突っ込まれるっていう。あとはベルリンの街並みを見えてちょっと「おえっ」ってなったってこと。やっぱりどこかバルセロナに似ているんです。そこまでとは思わなかったんだけどね…。まあ、次来るときくらいには忘れられるでしょう。
さて、ベルリンはわりと事情(ひみつにて)含みで選ばれた場所で、本来僕が自然に行こう!と思うような場所ではありません。なぜって、ドイツ苦手なんですよね。上でがちで「っぽい」こと書いてるから「トラウマ」とは言わないけど、以前ウィーンいった時とかフランクフルトの時とか、食べ物も含めて全然いい思い出がなくて、基本つまんねーっていうのがあって。あとドイツ語圏ってあんまり英語表示がない場所も多くて、そういう意味でも不便なんですな。イタリアのほうがある気がする。
でも、今回は楽しめてます。逆というか…あまりやりたいことがないからこそ予定を詰めず、1日二回くらい宿に帰ってきて昼寝するみたいなゆるゆるスケジュールで、それが奏功してる感じかな。あと今回もすんごいばたばたで全く準備せずに飛び出してきちゃったし宿とかも適当にとった感じなんだけどそれにしては偶然、かなりの観光名所が徒歩圏にあるラッキーな立地を選んだこともあって、効率よく回れているということも原因でしょう。
あーでも「だらだらする」が主目的だとすると別の場所でもよかったのかもなあとは思いますよ、正直。これに数十万かけるかというと…今回マイルだからコスト低くてOKラインに行ってる感はある。ちなみに中米カリブ海とかってお誘いもあって、数年以内には実現したいなあ(こういう長い時間軸で考えられるのはいいことだ)。
まあ日中は色々していることもあってたまっちゃってるんだけど、1記事をあんまり長くしてもなあという気もしている、のでこれは前置きとして、ベルリンのちゃんとした話はわけようかな。
ちなみに入社半年でこんな派手に休みを取ることに関しては上司から「権利だから否定はできないけど」などと非常に日本的な反応をされましたとさ。それって当然すぎて言う必要ないっていうか要するに気持ちが抑えられなくて皮肉っちゃったんだろうけど、「休まないように言外に要請されました」って僕言えちゃうけどいいのかな。
ベルリン情報書く代わりに上司の話でも書いておくか。
なんか最近あんまりうまく言ってないんですよね。一個一緒にやったプロジェクトが進行がグダグダな上指示もないのでほぼ放置していて、さらに中途半端に入ったブレストなんかでも同席している人たちが偉いこともあってまったく喋らなかったことも後で批判されたし(ブレストで発言しなかったらいる意味ないと…それはごもっともですが)。
恐らくそれを起点に目をつけられた感じ。その人は自分で言っているようにコミュ障だし、能力も低いとかではないけどあんまり高くない。アイディアを出す部門だけど、いつもつまらない事ばっかり言ってる(というかすぐに「事情」を持ち出して否定する)。あーそれじゃ最悪じゃねえかと思うけど、全然アグレッシブじゃないし僕にとってはやりやすいというか楽というか。まあ人間的に悪い人じゃないし。
そんな感じで積極的には関わらないようにしてたんだけど、たまに関わるとこうした軽い皮肉を言われたり軽く因縁つけられたりするようになってるんですな。それは恐らく評価が低いということで、その意味でいかんなーと思います。嫌いとかではないし、うまくやっていけたら、くらいには思うんだけど、なんか前痛い目を見た「コンプレックスを刺激しちゃって、こちらから何もしてないのに目をつけられる」に若干はまりかけてる気もするのが怖い。
まあただ一方、微妙といえば微妙な事情もあって、僕海外を志望していて、それをこの人が止めるという構図があるから、ある程度は評価低い方がいいという考え方もあるんですよね。あんま守られてもな…ていう。もちろんあんまり低いとそれはそれで非常に危険なので「あいつ俺とあわないんだよな」くらいに思ってもらえるのが一番よいね。そんな都合よくいくのかって話やな。
今回何より驚いたというか…まあ、驚いたのは、やっぱ俺本当にきつかったんだなあの出張(http://42583.diarynote.jp/201403020149564649/ )ということ。結局詳しく書いてないけど、この帰りの飛行機で僕は「この会社にいたらおかしくなる」と思って本格的にスイッチが入ったのです。だって、こと仕事に関していえば結構精神的にはタフ(というか鈍感)な僕がフライトの間ずっとお腹痛かったですからね。で、着いた翌日の上司の上司への報告後に「異動させてもらえなかったら辞めます」と言ったのでした。
で、何が今回につながるかというと。まず結構自分の中で「行った」という事自体カウントされていないという事(まあこれは出張だったということもある)。自然に「5年ぶりだなあ」とか言っちゃって突っ込まれるっていう。あとはベルリンの街並みを見えてちょっと「おえっ」ってなったってこと。やっぱりどこかバルセロナに似ているんです。そこまでとは思わなかったんだけどね…。まあ、次来るときくらいには忘れられるでしょう。
さて、ベルリンはわりと事情(ひみつにて)含みで選ばれた場所で、本来僕が自然に行こう!と思うような場所ではありません。なぜって、ドイツ苦手なんですよね。上でがちで「っぽい」こと書いてるから「トラウマ」とは言わないけど、以前ウィーンいった時とかフランクフルトの時とか、食べ物も含めて全然いい思い出がなくて、基本つまんねーっていうのがあって。あとドイツ語圏ってあんまり英語表示がない場所も多くて、そういう意味でも不便なんですな。イタリアのほうがある気がする。
でも、今回は楽しめてます。逆というか…あまりやりたいことがないからこそ予定を詰めず、1日二回くらい宿に帰ってきて昼寝するみたいなゆるゆるスケジュールで、それが奏功してる感じかな。あと今回もすんごいばたばたで全く準備せずに飛び出してきちゃったし宿とかも適当にとった感じなんだけどそれにしては偶然、かなりの観光名所が徒歩圏にあるラッキーな立地を選んだこともあって、効率よく回れているということも原因でしょう。
あーでも「だらだらする」が主目的だとすると別の場所でもよかったのかもなあとは思いますよ、正直。これに数十万かけるかというと…今回マイルだからコスト低くてOKラインに行ってる感はある。ちなみに中米カリブ海とかってお誘いもあって、数年以内には実現したいなあ(こういう長い時間軸で考えられるのはいいことだ)。
まあ日中は色々していることもあってたまっちゃってるんだけど、1記事をあんまり長くしてもなあという気もしている、のでこれは前置きとして、ベルリンのちゃんとした話はわけようかな。
ちなみに入社半年でこんな派手に休みを取ることに関しては上司から「権利だから否定はできないけど」などと非常に日本的な反応をされましたとさ。それって当然すぎて言う必要ないっていうか要するに気持ちが抑えられなくて皮肉っちゃったんだろうけど、「休まないように言外に要請されました」って僕言えちゃうけどいいのかな。
ベルリン情報書く代わりに上司の話でも書いておくか。
なんか最近あんまりうまく言ってないんですよね。一個一緒にやったプロジェクトが進行がグダグダな上指示もないのでほぼ放置していて、さらに中途半端に入ったブレストなんかでも同席している人たちが偉いこともあってまったく喋らなかったことも後で批判されたし(ブレストで発言しなかったらいる意味ないと…それはごもっともですが)。
恐らくそれを起点に目をつけられた感じ。その人は自分で言っているようにコミュ障だし、能力も低いとかではないけどあんまり高くない。アイディアを出す部門だけど、いつもつまらない事ばっかり言ってる(というかすぐに「事情」を持ち出して否定する)。あーそれじゃ最悪じゃねえかと思うけど、全然アグレッシブじゃないし僕にとってはやりやすいというか楽というか。まあ人間的に悪い人じゃないし。
そんな感じで積極的には関わらないようにしてたんだけど、たまに関わるとこうした軽い皮肉を言われたり軽く因縁つけられたりするようになってるんですな。それは恐らく評価が低いということで、その意味でいかんなーと思います。嫌いとかではないし、うまくやっていけたら、くらいには思うんだけど、なんか前痛い目を見た「コンプレックスを刺激しちゃって、こちらから何もしてないのに目をつけられる」に若干はまりかけてる気もするのが怖い。
まあただ一方、微妙といえば微妙な事情もあって、僕海外を志望していて、それをこの人が止めるという構図があるから、ある程度は評価低い方がいいという考え方もあるんですよね。あんま守られてもな…ていう。もちろんあんまり低いとそれはそれで非常に危険なので「あいつ俺とあわないんだよな」くらいに思ってもらえるのが一番よいね。そんな都合よくいくのかって話やな。