奇妙な転倒

2009年5月3日 日常
[書き始めると共に少量のみはじめました]

 髪を切りました。なんかかわいい感じに成り果てたです。一応シュウカツというか転職活動用ということなんでトゲがないのは仕方ないんですが5歳以上は若返っていて我ながらきもいことこの上ない。この上ない。


 さて、今日は結構のんびりした日。本当は広島の時に会った高校の同級生、委員長が上京してきて会うとかいう話になってたんですが彼が免停食らって流れて。だから髪切ったあとはちょっと横浜まで行っただけで終わってしまいました。つうてもパーマ掛けたから切るのに時間はかかって、早起きはしたんだけどね。
 横浜に行ったのは、上海土産を「中華街の人(中国系日本人、代々中華街に住んでいるというおもしろいおばちゃん。若干声が濱田マリ似…テンション高めだし)」に渡すため。なんか横浜駅構内で迷ったりもしたけれどちゃんと定刻に合流。実は会うのまだ二回目なんですが、僕はこの人のノリが結構好きです。年は…倍までもう少しってくらい離れてるけど笑。
 近くのドトールに入ってお土産以外も楽譜をお見せしたりしながら新作能の話をしたり、色々。彼女とは中国音楽好きってところでの出会いだったんだけど、興味の範囲の広い方なので面白い話がきけて、楽しいひと時でした。僕もどっちかというと移り気というか楽しいことなら何でもしたい方なので、そういう意味であちこち飛びながらも興味深い話ばかり、っていうのはすごくしあわせ。

 さて、彼女のお仕事は外国人向けのハローワーク。でその話をちょっと聞かせてもらいました。僕自身は日本人だけど多分普通よりは周りに外国人の多い環境で暮らしてるし、なんかどうなのかな、と思って。
 そこで聞いてほほうと思ったのが今日のタイトルの由来。その職場に来るお客さん(ていうのかな?)の中には日本語喋れるけど書けない、ってのがネックになってなかなか次の仕事が決まらないって人も結構いるらしいんです。まぁそうかもな、って思ったは思ったんだけど、次に「ほら、漢字とか書けないと伝票書いたりできないし、マニュアル読めないと作業できないから」って聞いた時に思い出したんですよ、うちの社長。

 うちの社長は(書いたかもしれない)コロンビア人。彼が小さい時ご両親とNYに移住したので人種以外はアメリカ人ですが、まぁそんな人。在日20年をこえてそれなりに喋りは達者なんですが(とはいえ、半分の滞在歴で彼より喋れる人は腐るほどいるってレベル)、多分読み書きはほとんど出来ないんですよね。でもそれでも相当貰ってるわけですよ。

 全然差別する気は無いんですが、ハローワークに来る工場労働者は漢字が読めないと仕事が無いのに、かたやうちの社長は漢字読めなくても社長業で年収ン千万。中華街の人は「秘書雇って代わりにやってもらえるならそれはそれでいいわけで」って言ってたし確かにそうなんだけど、なんかおかしいよねこれって。いや間違ってるってんじゃないけど、なんかちぐはぐ。

 そんな話は面白かったけど、なんだろ…上手く表現できないけど「適切な質問が出来ないと適切な答えは得られない」というのを思い出したんだよね。
 なんとなく会う機会があったら在日外国人に関することって聞いてみたいなって思ってはいたんだけど、そもそも中華街の人自身中華系なわけで、血の問題って往々にしてすごくデリケートだったりすることくらいは知ってるし、どうやってどこまできいたらいいのかをまとめきれてないまま今日を迎えてしまったわけ正直。そこまで親しいわけでもない僕が興味だけを根拠に訊いていいことじゃないかもしれないとも思うし。
 そんな宙ぶらりんなスタンスだったこともあって僕が本当に訊きたかったことはきけなかったな、って思ったってことです。それは「訊かせてもらえなかった」のではなく、「キャッチボールの中で徐々に的に寄せていくような訊き方を僕ができなかった」だけの話で、まったくぼくの問題なんですけどね。拒絶とかされたわけじゃなく。それはちょっと残念。

 せっかくだから横浜近辺を散歩して、あとは髪切ったあとすぐ撮った写真を修整していました。明日は有楽町付近に行ったあと、六本木でハンバーガー。そして多分新宿にひとりで流れて飲んだくれてます。なんか連休だっつうのに楽しいことがない…んじゃないな、なんか珍しいことがないんですよね。それがびみょー。

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索